「映像&史跡 fun」は、映像・テレビ番組・史跡・旅・動画撮影のヒントなどをご紹介するコラムです。


「旅番組」シリーズ(2)
旅番組 百花繚乱 / 70年代 世界の旅

今、テレビ放送では、毎日毎日、旅番組だらけ…。
番組数だけでなく、旅先、テーマ、内容など、その豊富さには驚かされます。
まさに、旅番組は百花繚乱(ひゃっかりょうらん)。
旅番組の「黄金時代」です。

現在の「旅番組」のお話しを始める前に、40~50年前の1970年代の旅番組を少し思い出してみます。
たくさんの数は思い出せませんが、インパクトの強かった四つの名番組をご紹介します。

◇すばらしい世界旅行

まずは、日本テレビ系列で放送されていた、企業の日立グループ提供の「すばらしい世界旅行」です。
日立の「♪この木なんの木、気になる木…」のCM曲でも有名な旅紀行番組ですね。

この番組は、今考えると、旅番組というよりも、世界各地の不思議を紹介する紀行番組の性格が強かったように思います。
「世界旅行」と言われれば、たしかに夢と不思議の世界旅行です。

* * *

1970年代の世界は、まだまだ未知で未開の部族がたくさん残っていましたね。
この番組にも、不思議な姿や風習の部族が、たくさん登場しました。
現代では、まず見なくなりましたね。

でも、未開の地の危険な部族はわずかですが、現代にも、たしかに存在します。
先般も、布教で出かけた若者が犠牲になりました。
木や石で作った武器を持ち、ほぼ裸の部族です。原始人のイメージそのままの姿です。
ヘリコプターや船に攻撃してくるので、なかなか近づけません。
ですが、この番組にたくさん登場していたような、洋服も靴も持っていない裸の部族は、さすがに激減しました。

70年代には、未開の地への冒険番組もたくさんありましたね。
俳優 川口浩さんの探検隊シリーズの冒険番組も大ヒットしていました。
首狩り族は実在した!
密林で大蛇と対決!
など、ワクワク感いっぱいの冒険・探検番組でしたね。
現代のロマンやバラエティ志向のソフトな冒険番組から比べると、相当にハード(過激)な内容でしたね。

* * *

さて、「すばらしい世界旅行」は1966年から24年間放送されたそうです。
このストレートすぎる番組タイトルは、70年代を実感しますが、今の感覚でも、逆の意味でインパクトがあります。
硬派でまっすぐな姿勢の大人の番組イメージを、しっかり伝えてくれています。

オープニングの楽曲もかなり強烈で、耳から離れなくなるようなサウンドでしたね。
ユーチューブで見れますよ。

作曲は、クラシック界の、あの山本直純(やまもと なおずみ)さんです。
当時、テレビや映画の音楽を、たくさん作っておられましたね。
名番組の主題音楽など、軒並み、彼の作品でした。

森永製菓の「エールチョコレート」のテレビCMで、「大きいことは、いいことだ!」と叫んでいた、蝶ネクタイにメガネとひげのあの方です。
大流行語になりましたね。
今なら、流行語大賞です。

♪「大きいことは、いいことだ。おいしいことは、いいことだ。…森永、エールチョコレート」
今でもクチずさめる方も多いと思います。
昭和40年代のヒットCMでしたね。

あの赤色の箱に、大きな「YELL」の文字…味は思い出せませんが、包装の箱ははっきり覚えています。
期間限定でいいので、復刻してほしいですね。
あのCMの新撮影版も。
現代でも、まったく違和感なく通用すると思います。
意外と、中高年層はチョコレートが大好き!
私は、20歳代ころまでは、ほとんど食べませんでしたが、今は、ほぼ毎日「ひとかけ」です。

そして、この番組「すばらしい世界旅行」のナレーションは、味のある名声優の久米明(くめ あきら)さんでした。
少し前まで、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」でナレーションをされていましたね。
音楽といい、ナレーションといい、歴史に残る名番組には、すばらしい要素がたくさん組み合わされていましたね。

* * *

1970年代、海外旅行は、一般家庭には、まだまだ「高嶺の花」だった時代です。
海外旅行費が、相当に高額でした。
行けたとしても、欧米の先進国の一部が大半でした。
アジア諸国は、まだ安全な旅行先とはいえなかった時代です。

この「すばらしい世界旅行」に登場する国々は、まず日本人が簡単に行けないような国が大半でした。
未開の地、危険な地、たどり着くにも あまりにも日数のかかる地などです。
まさに、見たことのないものばかり、行くことのできない地ばかりなのです。
私たちが生きている同じ時代に、本当に存在している世界なのかと思ってしまうような番組でした。

番組の切り口や内容も、正統派そのもの。
本当に、好奇心やロマンがいっぱいにふくらむ名番組でした。

◇日曜日の夜、それはテレビといっしょ

この番組は、地域にもよりますが、たいてい日曜日の夜の放送でした。
70年代、日曜日の夜のTBS系列では、あの「東芝日曜劇場」という、ドラマの大ヒット時間枠がありましたね。

日曜日の夕方、「サザエさん」や「アルプスの少女ハイジ」などの漫画番組からはじまって、野球のナイター中継(「ナイター」とは英語風の和製言葉です。現代は正式の英語表現のナイトゲームといいます)をチラッと見てから、「すばらしい世界旅行」を経て、「東芝日曜劇場」へという流れのセットでテレビを見ていたご家庭も多かったと思います。

日曜日の夜というと、映画の時間、さらに外国ドラマもありましたね。
フジテレビ系列の「ラブラブショー」という大ヒット番組もありました。芸能人どうしのお見合い番組なんて、今では考えられませんね。
番組出演後、本当に結婚する芸能人カップルも非常に多かったので、想像以上のビックリ番組でした。

チャンネル数が激増し、番組編成がすっかり変わった現代とは、かなり雰囲気の違う日曜の夜でしたね。
子供たちが、大人につきあって、しぶしぶ、「すばらしい世界旅行」や「東芝日曜劇場」を見るという70年代でした。
でも、子供たちには、勉強になったことでしょう。
今では、一般家庭でも、部屋ごとにテレビが一台…、70年代のような、「家族でチャンネル争い」は少なくなりましたね。

◇兼高かおる世界の旅

さて、もうひとつ、民放の旅の名番組を思い出します。
TBS系列で放送されていた「兼高(かねたか)かおる 世界の旅」です。
1959年からなんと30年間放送されていたそうです。

この番組は、前述の「すばらしい世界旅行」とはまったく違う色合いの旅番組です。
旅先も、未開の地ではなく、多くの人があこがれる旅先が中心です。
私たちが行くことのできる場所がほとんどで、この番組を参考にして、旅先を決めた方も多かったことでしょう。

この番組の最大の魅力は、兼高かおるさんのおしゃべりです。
ほぼ番組全編にわたり、映像に合わせて、しゃべっていました。

そして、その内容は、いわゆる旅行ガイドブックに書かれているような、とおりいっぺんの内容ではなく、旅のジャーナリストである兼高さんの視点による独自の解説なのです。
兼高さんが、実際に取材したり撮影した内容がふんだんに盛り込まれていました。
ですから、映像だけではわからない内容も、よくわかりましたね。
「なるほどね~」と言いながら、興味深く見たものです。

今な無きアメリカの航空会社「パンアメリカン航空」の飛行機が離陸するオープニング映像を覚えている方も多いことでしょう。
当時、「PAN AM」は、不思議と日本だけで「パンナム」と呼んでいましたね。
あの青い丸いマークと、青と白の機体…あこがれましたね。アメリカの飛行機だ…と。

昭和生まれの方でしたら覚えておられると思います。
お相撲の千秋楽の表彰式のときに、「ヒョー・ショー・ジョー」と言って会場をわかせていたのが、パンアメリカン航空の極東支配人のデビッド・ジョーンズさんでしたね。
先般のトランプ大統領にも、この言葉を期待していましたが、この情報が届けられていなかったのかも?
でも「レイワ・ワン」は聞けました。今後も「レイワ・トゥ」、「レイワ・スリー」と続きますでしょうか?

* * *

この番組にも、名物の音楽がありましたね。
世界的なスタンダードの名曲「アラウンド・ザ・ワールド」です。この番組で初めて耳にした方も多かったことでしょう。
70年代、この名曲を初めて耳にする方はたいてい、この番組か、当時のラジオ局 FM東京(今のTOKYO FM)の名番組「ジェット・ストリーム」のどちらかだったと思います。このラジオ番組は、1967年から現在も続いていますね。

「アラウンド・ザ・ワールド」を聞くと、70年代、80年代の、日本人も企業も世界にどんどん進出し、企業が猛烈に成長し、日本経済が音をたてて伸びていく豊かな時代を思い出します。
給料が毎月上がっていく…、企業は どこかに お金をおとすところはないかと探す…、高級車が売れまくる…、一万円札を振りながらタクシーをとめる…、男性は女性に おごるのは当たり前…。
現代の若者には、まったく想像もできないことでしょうが、こんな時代が日本にもあったのです。
こんな時代を再び目にすることは、近未来にはおそらく、できないでしょう。

* * *

この「兼高かおる世界の旅」にも、名ナレーターがいました。
芥川隆行(あくたがわ たかゆき)さんです。
今、亡き芥川さんの声を、テレビの時代劇の再放送などで耳にしただけで、瞬間に70年代、80年代に引き戻されますね。

「木枯らし紋次郎」、「必殺シリーズ」、「水戸黄門」、「ザ・ガードマン」、「キイハンター」、「Gメン75」など時代劇や刑事ドラマの冒頭や終わりに、カッコよく登場するナレーションのあの方です。
名作に芥川さんの声ありです。
芥川さんは、テレビにもたくさん出ていましたので、お顔もよく覚えていますね。TBS出身の方です。

「兼高かおる世界の旅」では、番組放送が開始して最初のころは、ナレーションだけだったような記憶がありますが、ある頃から、兼高さんとの軽妙な会話のかたちになりました。
さすがに、この声と口調のチカラです。
兼高さんの利発なおしゃべりに、対等にわたりあっていましたね。
不思議なバランスの二人の会話も、楽しく聞いていました。

この番組も正統派の旅番組ですが、とにかく、兼高さんがしゃべりっぱなしでした。
彼女のあまりの美貌と、その声とのアンバランスさも、とても魅力的でしたね。

* * *

前述しましたが、1970年代、海外旅行は、一般家庭にはまだまだ「高嶺の花」だった時代です。
現代のように、気軽に海外旅行ができる時代が来るとは思いませんでした。

70年代初頭までは、1米国ドル360円の固定相場制で、その後、変動相場制に切り替えられました。
70年代の後半ごろまでは300円前後の時代でした。
世界中を飛び回る兼高さんが、とてもうらやましかったですね。

若い世代の方々は、東京や大阪などから、外国の主要都市に飛行機で行くときは、たいがい直行便が当たり前と考えると思います。
長時間のフライトだなと思うこともありますよね。
でも、1990年代の初めごろまでは、日本から欧米への直行便など考えられませんでした。
まだ飛行機が小さく、燃料がもたないのです。
ですから、欧米へのフライトでは、アメリカのアラスカ州のアンカレッジという町の空港で、いったん燃料補給を行っていたのです。
乗客もいったん降りて食事したりしていたのです。
飛行距離は当然、短くはなりますが、何という時間のロスでしょう。また、のんびりとした運航便数なのでしょう。
外国の主要都市ではない中小地方都市であれば、今でも経由地はありますが、今から考えると、アンカレッジ経由とは何時代の話しかと思ってしまうようなお話しですね。

「兼高かおる世界の旅」は、私にとっては、行ってみたいと思うよりも、あこがれの外国を見る、知る、そんな番組でした。
行ける日が来るとは、想像もしていませんでした。

今年2019年の1月に、兼高さんは90歳で天国に旅立たれました。
天国でも、自由に楽しく、旅を楽しんでほしいです。

1970年代…もう遠すぎて、民放では、このくらいしか思い出せません。
現在も放送中の、民放の、あの国内の旅の長寿番組については、あらためて書きたいと思います。

◇新日本紀行

さて、70年代、NHKは…。

まず思い出すのは、「新日本紀行」です。
これは日本各地の風景や風土を紹介する「紀行番組」です。

旅番組と紀行番組は、「似て非なり」ではありますが、今思うと、70年代は紀行番組のほうが多かったように思います。
でも、この番組で、日本各地のさまざまな風景を知ることができました。
自分が住んでいる街から、はるか遠い日本各地の風景や人々の姿を見ながら、いつか旅をしてみたいと感じたものです。

同じ日本という国ではありますが、まだまだ、70年代は、誰もが頻繁に、好きな時に、旅行に行けるという時代でもありません。
自動車だって、どの家庭でも持っているということもありませんでした。
北海道や九州、沖縄にだって、今のように、飛行機で簡単に行けるわけではありませんでした。
格安航空券など、当然ない時代です。

◇「YS11」と「スペースジェット」


70年代、国産初の旅客機「YS11」も、まだまだ庶民には、あこがれの乗り物でしたね。
正式な呼び方ではありませんが、「ワイエス じゅういち」と、皆 呼んでいましたね。
もはや、それでいいと思います。
私も子供の頃、乗れるわけでもないのに、ただただ、この機体を空港に見に行きました。

現代でも、空港やその周辺に、飛行機を見ることのできる展望デッキや、公園などがありますよね。
時代が変わっても、何か、ワクワク感を与えてくれる飛行機が飛び立つ風景です。

「YS11」は、1964年の1号機に始まり、2号機は東京オリンピックの「聖火号」となりました。
日本製という優れた技術安定性のため、国内だけでなく世界各地の空を飛んでいました。
そして、2006年、国内路線から引退しました。
何となく、テレビのニュースで最終便の映像を見て、感慨にふけったような記憶があります。
もちろん、「0系新幹線」のように、日本の「機械遺産」となっています。

この「YS11」という国産旅客機の存在は、今、就航を待つばかりの、三菱航空機のあの「MRJ(別名:スペースジェット)」に受け継がれることになります。
「スペース〇〇」というネーミングは、ちょっと古い印象も受けますが、その名の通り、世界の宇宙旅客機競争に参戦することを、目指しているのでしょうね。
がんばってほしいです。日本の航空機!
「YS11」のときと同じように、ちょうど また、「東京オリンピック」と重なるのも、何かのご縁ですね。

ちょっと鳥のクチバシのような尖端部で、その塗装のデザインにより、まさに鳥が飛ぶような しなやかなフォルムに見えます。
この塗装デザイン、なかなかです。
日本製で、ちょっとカッコいいとなると、世界で売れるでしょうね。

ズングリ芋虫機体だった「YS11」から比べたら、それはまさに、羽化した蝶か鳥…。
本当に楽しみです。
日本製の旅客機として、新しい時代の世界中の空を、さっそうと飛んでほしいと思います。

スペースジェットのサイト

「YS11」の保存機体は、日本各地の航空関連の博物館や公園で見ることができますよ。
自衛隊機といっしょに展示されているケースも多いです。
「YS11」と「スペースジェット」の両機を、名古屋空港内の「あいち航空ミュージアム」で見ることができるようですね。
見たい方は、事前によく調べてから行ってください。

◇70年代の旅行ブーム

70年代、九州は宮崎県へのハネムーン旅行(新婚旅行)が大ブームとなりました。
その頃の日本全国の新婚カップルの4割ほどが宮崎に行ったといわれています。
一世一代の新婚旅行の旅先が、宮崎だったのです。

その頃の宮崎の、旅客機や電車、バスの写真や映像を見ると、いかにも新婚さんというカップルばかりが、すし詰めのようなかたちで、それぞれの乗り物に乗っているところを見ることができます。まさに、集団新婚旅行です。
大勢に紛れているようですが、逆に、隣のカップルが気になって、恥ずかしかったかもしれませんね。

そのころの新婦さんの姿は、なんともバスガイドさんのような清楚な身なりばかり…どうしてだったのでしょうか?
男性もほぼスーツ姿…。
70年代の日本人らしい律義さと初々しさが感じられて、なんとも微笑ましいですね。
この身なりも、宮崎ハネムーンの中にある、ひとつの、あこがれのかたちだったのかも?

今は、新婚さんは自由な恰好で新婚旅行をしますが、それでも何となく、それとわかる気がしますね。不思議です。
「幸せ」は隠せないものですね。

* * *

1970年の大阪の万国博覧会の時も、日本全国のさまざまな団体が、そのために早くからお金を積み立て、その地域の仲間や団体で大阪を目指しました。
本当に、日本中からです。特に農業関連に従事する皆さまが、農繁期を終えたころに、大挙して行かれましたね。

その時代は70年代です。サラリーマンが長期休暇など、そうそうとれる時代ではありません。
ですが、それでも家族全員、長期休暇をとって、自動車を借りて、電車を何度も乗り継いで、大阪を目指したものです。
博覧会会場近くの民宿や旅館なども、大繁盛でしたね。

日本では、その後も、各地でいろいろな博覧会が開催されましたが、ここまでの大きな社会現象は大阪万博だけでした。
2025年に再び開催される、今度の大阪万博は、さてどうなるでしょうか。
でも、今度は、かつてのような「未来にむかって怒涛のように突き進む日本」という時代ではありません。
まあまあ、そこそこ、ぼちぼち なのかも?
「エキスポ70」から55年ぶり、ぜひもう一度、行きたいですね。
「太陽の塔」も…。

* * *

「新日本紀行」でも、YS11、宮崎ハネムーン旅行、大阪万博など、昭和の戦後の、日本という国が成長発展していく光景が、しっかり記録されていたと思います。
蒸気機関車、養蚕、干拓、治水、高速道路、大規模なダムやトンネル、大型団地、発展する商業地域など、今はなき、戦後の昭和の建築物の風景はもちろん、公害や学生運動などの社会問題も、映像化されていたように思います。

1963年から1982年までの約20年間、最初のシリーズが放送され、「新日本紀行ふたたび」として復活し、2005年から2010年まで放送されたようです。
80年代の初頭に、いったん役割を終えたということなのでしょう。
「新日本紀行ふたたび」は、私は見ていませんでした。

この番組では、日本各地の地元の一般の方々がたくさん登場していたように記憶しています。
方言のままのおしゃべり、農業や漁業、工業や商業など、ひたむきにがんばる大人たちの姿がたくさん登場していました。
基本は「努力」と「忍耐」です。

今思うと、今の時代の人々の姿とは、だいぶ異なって見える気がします。
昭和の時代の日本人の姿がたくさん残された番組でしたね。

いつか、昭和の戦後の時代をふりかえることが必要になることもあるでしょう。
そんな時、この番組は、また息を吹き返すかもしれません。
それまで、ゆっくり休んでいてほしいですね。

* * *

さて、最初のシリーズの途中頃から、あの名曲が登場しましたね。
番組冒頭映像の、雪の中を煙を吹き上げながらチカラ強く走る機関車の映像と、あの名曲で、一瞬に「旅心」がわき上がりました。
世界的な名音楽家の冨田勲(とみた いさお)さんのあの名曲です。

よく外国の方が、日本のイメージをサウンドにする時に、妙な琴の音を使用したりしますが、日本人からしたら、それは少し変です。
たしかに日本風ではありますが、日本の総体的なイメージではなく、それは京都などの古都風、桜のイメージですね。
むしろ、冨田さんのこのサウンドのほうが、外国にはない、オリジナリティのある日本のサウンドに感じます。
ユーチューブで聴くこともできますよ。

◇がんばれ、ベテラン ナレーター

この名曲に合わせるように、NHKのアナウンサーによる渋いナレーションが入ってきます。
このナレーションがまた、多過ぎず、少な過ぎず、絶妙な量とタイミングで入ってきます。
現代の番組は、語り過ぎかもしれませんね。

選抜されたアナウンサーの声がまた、渋~い大人の男性ばかり。
それも、かつての日本の家庭によくいた、厳格で古風な低音の「昔のお父さん」のおしゃべりなのです。
思わず、「懐かしい」と叫んでしまうような語り口調です。
今もテレビやラジオで活躍されている森本毅郎(もりもと たけろう)さんも、NHK時代にナレーターをされていました。

現代のナレーションは、耳ざわりのソフトな音質と口調ばかりがもてはやされますが、昔は、多種多様な声や口調がありましたね。
いかにも「お父さんのような声と口調」は、テレビでなかなか聞けなくなってしまいました。
中高年世代が若くなったといえば、それまでですが…。

たしかに、70年代頃の、割烹着(かっぽうぎ)を着た40歳代の主婦の、古い写真を見ると、今の60歳代くらいに見えることがありますね。
今の80歳代の女性も、昔の60歳代くらいに見える方もたくさんおられます。
平均寿命の延びとともに、声も、口調も、外見も、老化が遅くなっているのかも?

今のアナウンサーのナレーションとは、また異なる、落ち着いた味のあるナレーションを聞くことができました。
若い世代向けの情報バラエティ系の旅番組ならともかく、味わいを求める旅番組や紀行番組には、渋みのある声があってほしいですね。
その頃のナレーターたちが、何歳くらいだったかはわかりませんが、今、50歳代、60歳代、70歳代は、まだまだ元気な現役世代です。
ベテランのアナウンサーの方々には、俳優さんらのナレーションとはまた違う魅力で、テレビの第一線の現場で、本業として、これからも活躍してほしいと思います。

* * *

男性アナと比べると、女性アナのベテラン世代のナレーションは、テレビでよく耳にします。
艶も落着きも増し、抑揚を抑え、少し枯れた雰囲気もあって、番組を非常に魅力的にしてくれていますね。
おしゃべりの安定度も、言葉の選択も、技術的に脂ののりきった状態だと思います。
50歳代以上で、魅力的な声や口調を、しっかり維持しておられる元局アナの女性がたくさん活躍されていて、うれしいかぎりです。

今は亡き永六輔さんの番組のお相手としても有名だった遠藤泰子さんも、超ベテランとして、まだまだ現役です。
超ロングセラーのTBS系列の朝のラジオ番組「歌のない歌謡曲」は、彼女以外に想像できません。今でも続いていますよ。

森田美由紀さんなどNHKの元花形女性アナウンサーだった方々も、まだまだ しゃべっておられます。
NHKの「チコちゃんに叱られる」の影の立役者は森田さんです。

近藤さとさん、城ケ崎祐子さん、中里雅子さん 等々、民放の元女性アナウンサーの方々も、渋い声と口調は健在ですよね。
今はほぼベテラン・コメンテーターの三雲孝江さんも、今 ナレーションをされたら、それはすばらしいことでしょうね。
人生経験と教養を、上手におしゃべりに反映できるのは、皆さん すばらしい才能ですよね。
皆さん、本業で、まだまだ活躍してほしいです。

今の40歳代の女性中堅フリーアナウンサーの中にも、年齢を重ねたら、いい味が出そうだなと思われる予備軍がたくさん見受けられます。
ラジオ局にもたくさんおられます。
ますます磨きをかけていってほしいですね。数年後を楽しみにしています。

◇70年代にはなかった社会問題

今、人口減少が急速に進む日本です。
明治初期が3500万人くらいでしたから、まだまだかなり多いですが…。
ちなみに、1970年の日本の人口は約1億500万人です。

いずれ、今のドイツの人口の8千万人くらいまで下がるでしょうか。
ですが、一度、1億2千万人という、♪億千万~億千万~の「エキゾチック・ジャパン」を味わってしまっていると、けっこうたいへんかもしれませんね。

ドイツでは、純粋なドイツ人は、今や全体の7~8割だそうです。
もちろん、移民流入数は世界ダントツです。もはや、あの米国をぬいています。
流入数だけみたら、今や日本も世界の上位国です。移民人口の比率は、これから急上昇していくはずですね。
はたして、どんな社会になっていくのでしょうか。

一方、世界の人口のほうも気がかりです。
1970年、世界の人口は約37億、それが今、約75億です。10年後は83億って…!
たいがい、予想よりも早く増加していきますよね。
こんな地球環境の中、食料は足りるのでしょうか。
いや~な予感がちょっとだけします。

* * *

さて、足元の日本の人口減少問題もさることながら、さまざまな分野での、有能な人材の減少という問題は、これから、その弊害が表面にあらわれてくることでしょう。
スポーツ、医療、介護の世界では、もはやかなり危機感を持っていますね。
外国人やAIでは、カバーしきれないでしょう。
どの分野でも、今の水準を維持するのは至難の業かもしれません。

また、みんながみんな、効率的に、AI以上の能力で働けるわけでもありません。
今「人手不足」だと思っていたら、気がついた時には、本当は「人材不足で人手過多」ということにもなりかねません。
労働力の自然な振り分けは、どのように変わっていくのでしょう。

所得格差、賃金格差、資産格差、経済格差、貧富格差、雇用格差、教育格差、学力格差、地域格差、医療格差、男女格差、情報格差、世代間格差、能力格差…。
今、70年代には、あまり意識されていなかった、さまざまな格差問題が急に表面化してきました。
人によってかかわる格差は異なると思いますが、まさに、不安の格差です。
この格差は、それぞれ単体で存在していません。
連鎖していることが、一層、問題を複雑にしています。

最近の、「〇〇を切り捨てろ、相手にするな」系の、売れている社会派の書籍のタイトルを見ていると、少し不安になります。
「格差社会」が「切り捨て社会」に流れていかなければいいのですが…。

* * *

70年代は、経済や科学が成長し 発展し、人々の暮らしが、豊かに、より便利になっていくことは、日本人が幸せに向かっているのだと疑わない時代だったようにも思います。
もちろん、さまざまな問題が同時に発生しましたが、それを乗り越えながらも、それは幸せに続く道なのだと、何となく思っていたのかもしれません。
2019年の今、そんな道を信じている人はどれだけいるでしょうか。

1970年の大坂万博のテーマは、「人類の進歩と調和」でした。
60年代までに噴出した多くの世界の問題をもう一度見直し、さまざまなものが進歩発展することと、発展することで新たなに生まれてくる多くの問題とを、どのようにバランスをとるのかが、テーマとなりました。

あれから50年、バランスがとれていたのか、とれていなかったのか、私にはわかりません。
日本は高度成長期の時代を通り過ぎました。
今はただ、70年代のような幻想は、すでにないというのは確かです。

2025年の大阪万博のテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」です。
そこに、「進歩」の文字はありません。そのかわり、「いのち」の文字が入りましたね。
人間の命も、おそらく、その中に含まれていると思っています。
科学技術は、これからも進歩するのは間違いないでしょう。でも、そこに人間の命がなければ、意味はないとも思います。
どんな未来社会が来るのか、あるいは作るのか、かなり切羽詰まった問題なのかもしれません。

自然の流れに身をまかせていれば、知らないうちに、誰かが何とかしてくれる、助けてくれるなんて思うのは、それこそ幻想でしょう。日本では、人材がどんどん減っているのです。

近年は、高級ブランドの制服を買わせる小学校もあれば、一方、小学生の中には、一日のうちに「学校の給食」しか食事をしない子も結構いるということを、よく見聞きします。
本当は、子供の食費に回したいのに、スマホの維持費に回っていく…。
とはいえ、今の時代に、子どもたちからスマホを取り上げるわけにはいきません。
何とも、暗くなる話しです。

でも、例えば、栄養格差を補う「こども食堂」の取り組みなどを見ていると、未来に明るい希望も少し見えてきます。
見かねた、街のベテラン世代が動き出しましたね。
ベテラン世代が実際に動けば、世の中は大きく動き出す良い例です。

前述のナレーターのお話しのように、ベテラン世代が、まだまだ現場で、引っ張っていかないと日本はもたないだろうと、本当に感じてしまいますね。
ベテラン世代が、未来に何かを残さないで、誰が残すの…?

* * *

先ほど、旅番組「兼高かおる世界の旅」のことを書きました。
この番組の中で、兼高かおるさんは、いつもこうした社会問題の解説や提言を忘れませんでした。

「旅番組は、旅に何をプラスアルファするのか」ということを後で書きますが、このような社会問題をプラスするのは、かんたんではありません。
今の旅番組は、旅と社会問題が、かなり切り離されている印象を持ちます。
たしかに、堅苦しい番組になってしまう可能性もありますが、兼高さんの番組には、そんな堅苦しさはありませんでした。
「今は、見なかったことにしよう」よりも、「ちょっとだけ、これも気にしましょう」ということが、旅番組の中にあってもいい気がします。
次の次の回で、旅番組の中のベテラン旅人について書きますが、このあたりのことも気にしてみたいと思っています。

人は、旅をしながらでも、仕事のこと、家庭のこと、人生のことなど、いろいろなことに、ついつい思いをめぐらせてしまいますよね。
すべてを忘れて…とは、なかなか、むずかしいものです。

脱線しましたので、「旅番組」の話しに戻します。

◇未来への遺産

NHKからもうひとつ、個人的に忘れられない番組があります。
これを「旅紀行番組」と言っていいかどうか迷うところではあります。
でも、いったい、どの分野に入る番組なのか迷うような不思議な番組です。

1970年代、不定期で放送されていた「未来への遺産」です。
基本的には、世界各地の古代遺跡をめぐる旅紀行番組でした。
とはいっても、現代の「世界遺産」を紹介するようなテレビ番組とはまったく趣(おもむき)が異なります。
はるかに神秘的な番組でした。

ネットの「ウィキペディア」では、「NHK特集」などのスペシャル番組枠の前身のような位置づけだと書いてありました。
私のイメージでは、「NHK特集」というよりも、80年代の「シルクロード」という大ヒット歴史紀行番組の前身のようにも感じます。

まだ、ビデオもDVDも、一般家庭には普及していない時代です。
学生だった私は、関連書籍を買いまくりました。
年末の集中再放送も見まくりました。

私は、後にも先にも、こんな雰囲気のテレビ番組は他に見た記憶がありません。
唯一無二の番組なのかもしれません。

◇70年代のプログレ

1970年代は、ピンク・フロイド、キング・クリムゾン、イエス、ムーディー・ブルース、エマーソン・レイク&パーマー、ユーライア・ヒープなどの、「プログレッシブ・ロック」というロック音楽のスタイルが、全世界を席捲していました。
日本でも大流行しましたね。
当時は「プログレ」と短縮して呼ばれていました。
今思うと、日本のアイドル歌手までが、彼らの楽曲を歌っていたとは、信じられません。
もちろん、他にも、ロックンロールやハードロック、リズム&ブルース、ウェストコースト、カントリー、モータウン、日本の歌謡曲や演歌なども、たいへんに元気があった時代です。

プログレは、基本的にはロック音楽ですが、クラシック音楽と融合したようなサウンドと構成で、神秘的で 破壊的で 進歩的な音楽スタイルです。
クラシック畑出身の音楽教養豊富なロックミュージシャンが、たくさんいました。
言葉で説明するのは非常にむずかしいので、若い方は、一度聴いてみてください。
みな、ミリオンヒットの、歴史に残る傑作ぞろいです。
音楽の歴史は繰り返しますから、また、こうしたスタイルが流行する時代もやって来るでしょうね。
プログレが復活しそうな雰囲気を、近年、肌に微風で感じています。

近代ポピュラー音楽の歴史は、チャック・ベリーあたりから考えても、もう70年あまり。
プログレのバンドのメンバーも、もう何人かお亡くなりになりましたね。
70年代は、遠くなりました。

◇「未来への遺産」はテレビ界のプログレ

このプログレ音楽のスタイルと、この「未来への遺産」は、非常に共通した雰囲気を持っていました。
とにかく、神秘的な雰囲気でいて、非常に芸術的な香りがしました。
ロマンあふれる旅情もあります。

この番組の音楽は、クラシック界の大物、武満 徹(たけみつ とおる)さんでした。
独自の世界観を持った、有名な現代音楽家です。
その音楽は、クチではなかなか説明できません。
この番組では、映像と音楽がぴったり融合して、独特の世界観をつくりあげていました。

世界各地の古代文明の遺跡の解明が、現在ほど進んでいない70年代です。
マヤ文明の遺跡も、まだまだ森をかき分けた先にありました。
マチュピチュなんて、まだまだテレビで紹介されることはありませんでした。

エジプト以外に、南米にもピラミッドがあったのか…。
マヤ文明、インカ文明…、多くの方々が夢中になりましたね。
「遺産」という思想も、この頃から意識するようになりました。

現在でも、世界各地に、世界の歴史に入れることのできない、まだまだ さっぱり分からない古代文明の遺跡が残っています。
2019年の今、それら未知のものに触れるような感覚が、1970年代の「未来への遺産」を見た感覚なのです。

ナレーションは、NHKの名アナウンサーの和田篤(わだ あつし)さんでした。
和田さんの声も、大河ドラマをはじめ、数々の名作番組には欠かせないお声でしたね。
こんな魅力的な声は、テレビの歴史でも、そうそういませんね。

かつてのNHKは、声の個性で人材を集めているのではと思うくらい、声の種類が豊富でした。
「国民の声を聞く」とは別の意味で、見事な耳でしたね。
今は少し、声の種類が少ないような…。

この番組に影響されて、歴史の研究者になった人、音楽の道に進んだ人、映像業界に進んだ人、芸術家を目指した人、旅行業界に進んだ人など、たくさんいたことでしょうね。

1970年代とは別の意味で混沌としている現在、さまざま情報が交錯する社会です。
決して、すべての分野が進化発展したわけではありません。後退した面もかなりあります。
情報が多い割には、各人に、それが的確に届いて、きちんと使われているかは疑問です。
教育もだいぶ変わりました。
今の若者たちがこの番組を見たら、どのようにとらえるでしょうか。
「意味わかんない」というのか、「これってテレビ番組?」というのか、ちょっと推測できません。

個人的に、人生に影響を与えてくれた1970年代の名番組でした。

◇旅番組って…

今回ご紹介しました、1970年代の四つの名作番組には、どれも名案内人やナレーションがありましたね。

さらに、旅の名番組には、必ずといっていいほど、記憶に残りそうな名音楽が組み合わされていました。
冒頭にその音楽が聞こえてきただけで、その世界に入り込めます。
楽曲が素晴らしければいいということでもありません。
番組に合っていなければ、まったく意味を持ちません。

このコラムでは、旅番組の案内人や音楽についても、注目して書いていきたいと思っています。

* * *

今後、「旅番組」のお話しを進めるにあたって、特に、「旅番組」を定義づけるつもりは、まったくありません。
ですが、一応、以下のようなものを対象に、ご紹介しようと思っています。

・旅情を掻き立てられる
・その場所に旅してみたいと思わせる
・旅をしているような気持ちになる

この三つにあてはまれば、それで十分とします。
一応、全国放送の旅番組を対象とします。

ただし、取材先がたまたま各地の旅先であるような番組、たとえば「鶴瓶の家族に乾杯」、「ブラタモリ」など、ほかにも、民放のバラエティ系の旅まわり番組、宿泊施設や温泉を紹介するだけの番組、世界遺産番組などは対象からはずします。
どれも素晴らしいものですが、その番組の重要なテーマが「旅」以外に存在しているようなものは、はずさせてもらいます。

「街歩き」系の番組は、コラムの進捗にまかせたいと思います。
NHKの名番組「世界ふれあい街歩き」は、完全な旅番組ですよね。

岩合光昭さんの「世界ネコ歩き」も大好きな番組ですが、これを旅番組として扱うかどうか迷うところです。
この番組は、動物番組であることはもちろんですが、どの国の街なのかも非常に重要な要素です。
風景と猫を組み合わせる、岩合さんの撮影手法も、たいへんにすばらしいものです。
猫を撮らせたら、おそらく日本一、いや世界一かと思います。
ただ、その場所に旅してみたいと思うかというと、少し違うのかもしれませんね。

ここまでお読みいただいてお分かりかと思いますが、
オーソドックスに、旅先を紹介するだけの「旅番組」など、今は、ほとんどないといっていいと思います。

情報番組の中の、ひとつのコーナーなどのような、ちょっと旅先を紹介する程度の内容レベルでは、「旅番組」は成立しないといえますね。
旅に何をプラスアルファするのか、どんな見せ方や切りクチで旅番組を作るのかなど、アイデアの競い合いです。

冒頭に「百花繚乱」と書きましたが、旅番組の制作者の皆さんの工夫と努力には感服します。
鉄道の旅番組の中には、ほぼ鉄道オタクの雰囲気が満載のものもあります。

個人的には、旅番組は、何かに特化すればするほど面白いです。
そんな秘密が…、そんな見方が…、そんな名物が…など新しい発見や驚きを感じたいですね。
旅番組にお笑いや情報などあまり求めていません。
その番組自体が、「冒険や癒しの旅」であってほしいです。
「旅番組」のベテラン視聴者たちは、いつも欲張りですね。

1970年代に、それほどの数がなかった旅番組ですが、80年代以降、現在まで、非常に多くの種類の旅番組が登場してきました。
旅番組とはいえなくても、日本中や世界中をとびまわる旅風のバラエティ番組もかなりの数ありますよね。
世界広しといえど、日本のような「旅番組王国」が、他にもあるのでしょうか?

凝り性の日本人です。
テーマといい、タイトルといい、旅人の豊富さといい、まさに百花!百花!繚乱!

日本人は、とにかく旅好きの国民なのでしょうね。
旅の内容や仕方にも、相当に欲張りです。
日帰り旅、団体旅行ツアー、温泉めぐり、御朱印めぐり、お伊勢参り、巡礼、お城めぐり、卒業旅行、修学旅行、社員旅行、乗り鉄、舟めぐり、百名山めぐり、クルーズ船、食べ歩き、街歩き、自転車縦断、世界遺産ツアー、お花見ツアー、くだもの狩りツアー、紅葉狩りツアー、星空ツアー、工場見学ツアー、夜景ツアー、歴史探訪ツアー、食べ放題ツアー、買い物ツアー、初日の出ツアー、絵画を見に行くツアー …もう何でもありです。
今や、旅行なのか体験会なのか、その境もよくわかりません。
〇〇といっしょに行くバスツアー、〇〇を応援するツアー、お見合いツアーなどといったものまで、ありますね。

「旅番組」の豊富さは、世の中の流れと、人の欲望の多さに、比例しているのでしょうね。
でも、種類が豊富なのは、実に楽しい…。

旅の種類の数だけ、「旅番組」を作れるということですね。

◇旅番組を分類

さて、旅番組は、どんなタイプがあったでしょうか。
思いつくだけ書き出してみます。

・案内人が実際に旅先に出向いて紹介するもの
・案内人はいないが、ナレーションで紹介するもの
・名物、食文化、お祭りなどの行事を中心に紹介するもの
・観光ガイドブックの定番の名所めぐり
・ホテルなどの宿泊施設や温泉を紹介するもの
・鉄道や客船、バスなどの乗り物旅
・風土記や紀行もの
・スポーツや体験の旅
・冒険旅行もの
・ぶらぶら街歩き
・徹底的に美しさを追求した自然風景
・歴史を訪ねる旅
・芸術を訪ねる旅
・神社仏閣やお城めぐり
・とにかく美女と美しい風景
・空撮
・温泉めぐり
・百名山めぐり
・重要なテーマは他にあり、たまたま取材先が旅先になるようなもの

などなど、枚挙にいとまがありません。

前に書きました
・旅情を掻き立てられる
・その場所に旅してみたいと思わせる
・旅をしているような気持ちになる
この三つを主眼にして、少し分類しながら、今後書いていくつもりです。

次回第3回は、具体的な旅番組のお話しの前に、「旅番組」の目線について書きたいと思います。
それでは、次回で…。


2019.7.4 jiho
Copyright © KEROKEROnet.Co.,Ltd, All rights reserved.