「映像&史跡 fun」は、映像・テレビ番組・史跡・旅・動画撮影のヒントなどをご紹介するコラムです。


土木の日 / 1964年の日本

【概要】土木の日。土木コレクション。土木界の偉人たち。1964年(昭和39年)の日本。国立代々木競技場。


◇土木の日

本日11月18日は「土木(どぼく)の日」です。

「土木」という漢字を分解すると、「十一」と「十八」になるので、11月18日なのだそうです。
よくわからない方…、ペンを手にして「土木」とゆっくり書いてみてください。
そうして、その手の動きを見ていてください。
「十一」と「十八」としっかり書いているはずですよ。

また、この日は、「土木学会」の前身である「日本工学会」が、1879年(明治12年)11月18日に創立された日だそうです。

* * *

本コラム「映像&史跡fun」では、今ちょうど、「よどみ」のシリーズを連載しており、川や橋、治水や防災などについて書き進めております。
その流れで、先般、コラム「よどみ(7)隅田と墨田・住吉の反橋・白ひげの翁」と、コラム「橋と土木のイベント」で、東京都建設局主催の「東京・橋と土木展」をご紹介させていただきました。

今回も関連して、社団法人 土木学会が主催する「土木コレクション2019」を簡単にご紹介させていただきます。


◇土木コレクション2019

2019年11月14日(木)から11月17日(日)まで、東京都の新宿駅の地下にある西口広場で、「土木コレクション2019」が開催されていました。
普段は物販などを行っている広場です。
主催は土木学会、共催は東京都建設局です。


明治時代から、大規模で本格的に始まった日本の近代化です。
河川、道路、鉄道、地下鉄、高速道路、新幹線…、多くの土木インフラが、日本の近代化・発展・成長を支えていたのは間違いありません。

東京では、1964年に1回目のオリンピックが開催されました。
そして、来年2020年に、2回目のオリンピックが開催されます。
二度のオリンピックは、東京にたいへん大きな土木インフラの変化をもたらしました。

今回の「土木コレクション2019」では、この二度のオリンピックを軸に、東京の土木の過去と未来が、貴重な映像や写真、資料とともに紹介されていました。

* * *

まずは、1910年(明治43年)の浅草の大水害、1923年(大正12年)の関東大震災、1945年(昭和20年)の東京大空襲の被害の写真から始まり、それぞれの苦難から立ち上がる東京の姿の写真が、この会場を埋め尽くしていました。
さらに、現在の発展した東京の姿をめざして、怒涛にように突き進む、街の進化の様子を見ることができました。

地下鉄の開業に沸く街、次々に架けられる大型の橋、江戸時代からの堀を埋め立てながらの高速道路の建設、住宅街に建設される道路の立体交差、多摩ニュータウンなどの郊外につくられる大型団地、羽田空港の拡張、拡大する東京湾の埋め立て地、路面電車である「都電」と自動車で大混雑する道路、1964年の東京オリンピック競技施設の建設、水道塔や貯水施設などの建設、河川の公害被害の様子など、多くの展示写真には目が釘付けになりました。

隅田川に架かる大型の橋の設計図も、たくさん展示されていましたので、その方面の方にも参考になったと思います。
素人目に見ても、その構造の複雑さと精密さから、橋が、いかに、ち密な計算の上に造られていることかがわかりました。

東京では、今でも一部区間で、路面電車である「都電」が走っていますが、ほとんどの繁華街や主要道路からは姿を消してしまいました。
会場では、かつて都電が走っていた街の写真も多数展示されており、懐かしんでいる方も多く見られました。
学生のグループが、羽田空港の拡張していく様子や、橋の建設過程の写真を見ながら、あれこれ討論している様子は、頼もしく見えました。

なにしろ、この展示会は無料というのがうれしいです。
誰でも、気軽に会場に入れます。
研究のため、学習のため、懐かしい思い出のため、オリンピック関連に興味があるため…、など それぞれの好奇心の赴くまま、会場にたくさんの人が吸い込まれていっているようでした。
ちょっとお堅いイベントなのに、こんなに人が入るのか…、ちょっと、うれしく感じましたね。
「土木の日」…、皆さん、覚えてくれたでしょうか。


◇どぼくカフェ

この「土木コレクション2019」の会場では、「どぼくカフェ」という一般向けの講演会も開催されていました。
私が見ました2回の講演会(各1時間)を少しだけご紹介します。

ひとつは、八馬 智 氏と、紅林 章央 氏による、「東京の橋」というテーマタイトルの講演会です。

東京や東京近郊にある、新旧の多くの橋を、歴史や構造、その魅力などを写真とともに紹介する内容でした。
まさに橋への愛情「橋愛」あふれる、お二人の軽妙なトークは、橋の上を行ったり来たりのようでした。

この中では、さまざまな人物の名前が登場しました。
私は、土木の歴史に詳しいわけではありませんので、どなたのお名前も存じ上げなかったのですが、土木業界の方々にとっては、神様、スーパースター、ヒーローのような方々だそうです。

特に、東京に暮らす人間であれば、その恩恵は計り知れないのだろうと思います。
ですが、歴史の教科書や読み物には、まず登場してこないような方々で、少し申し訳ない感覚にもなります。
著名な人物、華々しい歴史の舞台に登場した人物ばかりが、社会や歴史を形成していったわけではありませんね。

コラム「よどみ(9)金次郎と酒匂川」で書きました、伊奈家の一族や、田中丘隅、ひょっとしたら二宮尊徳も、歴史の教科書に登場するかというと、そうではありません。
戦国時代の大したことのない武将名を覚えるくらいなら、ほんのわずか前の時代の、私たちの暮らしに多大な恩恵をもたらした技術者や設計者などの名前を知っているほうが、何か正しいような気もします。

日本が技術立国というのであれば、技術史や土木史の授業のひとつも、小中学校の補助科目にあってもいいような気がします。
さらに、商業史として、優れたビジネスの成功者の歴史を紹介するのもいいような気がします。
世の中には「ウィン・ウィン」とはまったく違う、昔からの優れた日本のビジネス思想がたくさんあることも、若い世代に知ってほしい気がします。
その辺の戦国武将よりも、はるかに尊敬に値するような、あまり知られていない偉人たちはたくさんいますね。

さて、このお二人による講演会では、一般には知られていないが、土木業界では神様のような偉人たちの名前がたくさん登場しました。
それぞれの方の詳細は書きませんが、お名前だけ列挙させていただきます。

原口要、原龍太、倉田吉嗣、金井彦三郎、樺島正義、太田圓三、田中豊、増田淳、山口文象、尾崎義一、鈴木俊男、成瀬勝武。
ご興味のある方は、それぞれ調べてみてください。
エリート学者からその道の行政トップになった方、日雇い労働者から土木の要職にまで上った方など、さまざまにおられたそうです。

* * *

今現代、明治期や昭和初期から姿を変えてしまった橋も少なくありません。
西洋の大都市に負けない東京の近代化や、関東大震災や戦災からの復興というのは、やはり、たいへん大きな転換点だったようです。
アールデコ調の芸術性の高い橋のデザインや、シンプルでモダンなデザインへの変化は、現代の橋のイメージにはない、芸術性が感じられます。

今、皇居の二重橋の風景や、東京都庁のビル、歌舞伎座の建物などを見た時に、何か芸術的な香りを感じ、日本人として誇らしく思います。
それと同じものを、かつての、それぞれの橋のデザインに感じることができます。
さらに、それぞれの時代の最先端技術の苦心が見て取れるのです。

長い日本史からみれば、明治維新からの歴史はそれほど長いわけではありませんが、これほど奥深い橋の歴史が、短期間に起きていたとは知りませんでした。

この講演会の中で、「震災復興や戦災復興の中では、さまざまな実験が、実際の橋の建設の中で行われ、それが日本の橋の発展に大きく結びついた。現代では到底できない。」という意味の言葉がありました。
ですから、講演会の中で紹介される橋の説明の中には、「世界で唯一の構造」、「世界中で、ここにしかない」、「これは失敗の橋」などの言葉が随所に聞かれました。

都会に暮らしていると、なかなか橋を横から眺めることはありません。
ともすれば、橋と気づかずに通過してしまうこともしばしばです。
かつて、橋はその地域の芸術作品であり、先端技術の象徴であった時代が、しっかりあったのです。
もう一度 復興期のように、橋から、芸術性や生命力、勇気、未来を感じることができるような時代がきてほしいような気がします。

本コラムでは、今「よどみ」シリーズを連載していますが、もう少し後で、東京の隅田川の橋のことをご紹介する予定ですので、そのときに、ここで学習したことを少しご紹介しようと思っております。
東京近郊には、まだまだ その威容をとどめている橋も少なくないようですよ。

この講演会の中で紹介されていました書籍を、ここでもご紹介しておきます。
「ヨーロッパのドボクを見に行こう」八馬 智/著
「東京の橋100選+100」紅林 章央/著

東京都と埼玉県の境を流れる「荒川」には、「戸田橋」が架かっています。
モニターに映っているのは、昭和7年の戸田橋の風景です。
こんな立派な橋が、今残っていたら、さぞ渡るのが楽しかったでしょうね。
当時は、こうした立派な橋だらけです。

これは、東京の隅田川に架かる「勝どき橋」の計画案です。
こんな豪華な橋が、今残っていたら、観光名所になるのは間違いありませんね。

* * *

さて、もうひとつの講演会は、古川 公毅 氏による「東京の都市計画道路」です。
わずか1時間の講演会ですので、江戸時代から現代までの東京の都市計画を、それはスピード速く、説明されていました。
この中でも、石川栄耀、山田正男らの名前や業績が紹介されていました。

ここでは、講演内容の紹介は割愛しますが、ひとつだけ書きます。
この講演の中では、世界の各大都市の道路計画との比較がされていましたが、東京は、幸か不幸か、江戸城のお堀という、長い距離の水路が昭和の戦後までかなり残っており、街にも、昔から石畳のような道路や石造りの建物も少ない状況でした。

このお堀の形状のことは、あらためて「よどみシリーズ」の中でご紹介しますが、簡単に言うと、上空から見て、中心部の皇居(江戸城)を中心に「の」という文字のかたちになっています。その「の」の中や外に、さらに人造の堀である水路が築かれていました。

この「の」の字の堀や水路の上に、高速道路網を築けば、用地買収なし、住民移転なし、短期工期で大型の道路整備ができることになります。
それも都心部に築けるのです。
ですから、西洋の大都市と比較すると、都心部を含め環状の高速道路網をつくりやすい環境にあったようです。
とはいえ、その複数の計画案をまとめあげ、1964年の東京オリンピックに間に合わせるのは至難の業ではなかったようです。
講師の古川氏は、都市計画にたずさわってきた ご自身の経験と、過去の都市計画の研究から、その難しさをお話しされていました。

* * *

東京は、いつの時代も、土木の大プロジェクトが止まることはありません。
ある意味、東京が止まると、日本が止まると言っても過言ではありません。
ですが、大プロジェクトでの、各関係機関どうしの調整の難しさは、昔も今も変わることはなさそうです。
オリンピックのような、大きなチカラが、時には必要なのかもしれませんね。

いくつも行われた講演会ですが、二つだけ簡単にご紹介させていただきました。

この内容で、なんと無料です。
たいへん、ためになりました。
来年も来よう!

* * *

この「土木コレクション」は、毎年11月に、先般のコラムでご紹介しました東京都建設局が主催する「橋と土木展」と併設同時開催のかたちで、新宿駅の西口広場で開催しているそうです。
今年は、特別に二つに分けて、別時期での開催だったそうです。
今回見逃してしまった方々は、どうぞ来年ご覧ください。


◇今後の、土木イベント

土木関連イベントは、今後も続きます。

◆東京都建設局主催のものは下記のものです。
「神田川・環状七号線地下調節池の見学会」(11月より2020年2月までの特定日)
「土木技術支援・人材育成センター 一般公開」(2019年11月20日)
「土木技術支援・人材育成センター 発表会」(2019年12月11日)

上記の「土木技術支援・人材育成センター 一般公開」(2019年11月20日)では、実際に実験を行う「土木技術体験イベント」や、「土木技術教室」が開催され、子供たちも多く参加するそうです
詳しくは、「一般公開のお知らせ」をご覧ください。
上記の他のものは、東京都建設局にお問合せください。

◆土木学会主催のものは下記のものです。
「土木の日シンポジウム2019」(2019年11月24日)
詳しくは、こちらのページをご覧ください。


◇国立代々木競技場


上の写真は、「土木コレクション」会場内の、1964年 東京オリンピックのために建設された「国立代々木競技場」の説明コーナーです。
中央部の吊り橋のような構造部は橋梁建設の土木技術が、建物の外周部は建築技術が、複雑な曲線の屋根部は造船技術が、それぞれ活かされています。

「ゴールデンゲートブリッジの吊り橋と、ローマのコロシアム建築の合体で、建築と土木の技術のコンビネーションだ」
当時の清水建設副社長、吉川清一氏の言葉です。

丹下健三の設計による名建築で、大小ふたつの建物があります。
橋であり、スタジアムであり、船である…、そんな建物、ほかに見たことありません。
だから水泳競技…。
絶対に取り壊してほしくないレガシーです。

こんな、業界の境を越えた共同作業ができたのも、オリンピックというチカラですね。
1964年は、水泳とバスケットボールの競技場でした。
2020年は、オリンピックのハンドボール、パラリンピックのバドミントンと車いすラグビーの競技場になります。


◇1964年(昭和39年)の日本

私のような歴史ファンは、「土木コレクション」会場に展示された、昔の街の写真から、地形とか、建物とか、看板とか、乗り物とか、服装とかに、ついつい目が向いてしまいます。
東京は、1964年(昭和39年)の東京オリンピックの頃に大変革しました。

* * *

東京渋谷のNHKの前にあった渋谷公会堂は、1964年に建てられ、東京オリンピックのウエイトリフティングの競技会場に使われたました。
渋谷公会堂は、1970年代、80年代には、テレビ番組の「8時だよ全員集合」や、歌謡曲のベスト10系の番組で、よく使われていましたね。
ネーミングライツ(命名権)の売買により名称が変化しましたが、2019年に建て替えられ、今は「LINE キューブ シブヤ」という名称になりました。
2回のオリンピックにあわせて、まさに運命が変わった建物ですね。

ホテルニューオータニ、東京プリンスホテル、羽田東急ホテル、東京ヒルトンホテルも、1964年に完成したものです。
東京の老舗の大型ホテルは、だいたい1964年のオリンピックに間に合うように建てられました。

今、東京では、来年のオリンピックに向けて、たくさんのホテルが開業したり、建て替えられたりしています。
ホテルオークラ東京は、今年建て替えましたね。

人気のあった赤坂プリンスホテルは、2011年に営業を終了し、その跡地には今、「東京ガーデンテラス紀尾井町」という大型複合施設が建ち、その中にホテルが入っています。
かつての李氏朝鮮の王族であった李王家の邸宅は、今、「赤坂プリンス・クラシックハウス」として、しっかり残っています。
丹下健三氏が設計した「赤プリ」の建物の取り壊しは悲しかったですが、取り壊し方法が非常にユニークで、注目を集めましたね。

* * *

さて1964年を少しだけ振り返ってみます。

1964年は、池田内閣と、第一次佐藤内閣です。公明党の結党もありました。
米国は、リンドン・ジョンソン大統領です。
ケネディ大統領の暗殺、ライシャワー事件、新潟地震もありました。

映画では、森繁久彌さんの「社長シリーズ」、植木等さんの「日本一の男シリーズ」、007 ロシアより愛をこめて(1964年時は 007危機一髪)、シェルブールの雨傘、マイ・フェア・レディ、モスラ対ゴジラなどです。
この時代は、洋画の日本での公開は、たいてい1年遅れです。

漫画では、鉄腕アトム、鉄人28号、エイトマン、狼少年ケン、おそ松くん、オバケのQ太郎、サイボーグ009などが人気でした。
ウルトラQやウルトラマン、仮面ライダー、アニメ版の黄金バット、赤影、サリーちゃん、もうれつア太郎、ニャロメが登場するのは、まだまだ後です。

三匹の子豚のブーフーウー人気も、この時代です。ケロヨン人気は、もう少し後。
ブーフーウーが登場していた、NHKの番組「おかあさんといっしょ」は、すでに1959年に始まっています。

TBSラジオの「全国こども電話相談室」、テレビ朝日の「モーニングショー」、フジテレビの「ミュージックフェア」、NHKの「ひょっこりひょうたん島」の放送開始も1964年です。
NHK大河は、長谷川一夫さん主演の「赤穂浪士」、朝ドラは「あかつき」と「うず潮」。
「てなもんや三度笠」「プロレス中継」も大人気。
フジテレビの正月番組「新春かくし芸大会」も1964年に開始。

ヒット歌謡曲は、柔、アンコ椿は恋の花、あゝ上野駅、夜明けのうた、皆の衆、学生時代、愛と死をみつめて、お座敷小唄、ウナ・セラ・ディ東京など。
昭和天皇の前で披露された展覧歌謡曲として、数年にわたって大ヒットした梓みちよさんの「こんにちは赤ちゃん」の発表は、前年の1963年のNHKのテレビ番組「夢であいましょう」の中でのもので、1964年には同名の映画がつくられています。
坂本九さんの「上を向いて歩こう(洋題スキヤキ)」は1963年です。
九ちゃんの「明日があるさ」「幸せなら手をたたこう」は1964年のヒット曲。
生きていれば、来年の五輪のセレモニーで歌ってくれたかもしれませんね。

「ワッワッワッ、輪が三つ…」のミツワ石鹸のCMソングもこの頃です。
野球選手の王さんは、リポビタンDの宣伝で、「ファイト一発」ではなく、「ファイトで行こう」と言っていました。

プロ野球の日本シリーズは、南海ホークス(鶴岡監督)対 阪神タイガース(藤本監督)の大阪決戦で、4勝3敗で南海が勝利。
南海には、杉浦さん(20勝投手)、スタンカさん(26勝投手、シーズンMVP)、野村さん(本塁打王・打点王、あのノムさんのことです)、広瀬さん(首位打者・盗塁王)がいました。
阪神には、村山さん(22勝投手)、山内さん(この年に31本塁打)、バッキーさん(29勝投手、最多勝、最優秀防御率、沢村賞、今年2019年9月に逝去)がいました。
先日亡くなられた金田さんや、王さん、長嶋さんはいませんが、プロ野球史に輝く、そうそうたる顔ぶれがそろっていましたね。

ちなみに、王貞治さんが、55本の本塁打を打ったのは1964年です。
日本プロ野球の日本人による最高本塁打数は、この55本です。

日本人初のメジャーリーガーのマーシー村上さんが、サンフランシスコ・ジャイアンツで活躍したのはこの年から。

大相撲では年間6場所中、4場所で大鵬さんが優勝。
シンザンが三冠馬。

マイルス・デイビスさん初来日。

雑誌の「平凡パンチ」、ライオン歯磨き「デンター」、ロート製薬の「Vロート」、ニッカのウイスキー「ハイニッカ」、サントリーの「レッド」、ロッテの「ガーナ・チョコレート」と「バッカス・チョコレート」、森永製菓のチョコレート「ハイミルク」、カルビーの「かっぱえびせん」、カバヤの「ジューC」、不二家の「ネクター」、大関酒造の「ワンカップ大関」、今のミツカンの「味ぽん」など、続々と歴史的な商品が登場したのも1964年です。
東京オリンピックに関連しているのかどうかは、よくわかりませんが、オリンピック景気に乗って宣伝効果があったかもしれませんね。

サッポロビール、三菱重工業の社名が生まれたのも、1964年です。

東京浜松町の世界貿易センタービル(2021年にツインタワーとして生まれ変わります)、東海道新幹線、東京モノレール、日本武道館も1964年誕生です。
この頃の時代に生まれた方に、「幹」の文字がついた名前が多いのは、もちろん新幹線効果です。
東名高速道路はまだ開通していません。1968年開通です。
東京タワーは1958年完成です。

自動車は、トヨタのクラウン、コロナ、パブリカ、三菱のデボネア、マツダのファミリア、いすゞのベレット、日産のブルーバード、プリンスのスカイライン、スバル360はすでにありましたが、各社を代表する名車が、この後に続々誕生します。
トヨタカローラと日産サニーの対決は、このもう少し後です。
「ポルシェ911」は、1963年誕生です。
アメ車フォードの「マスタング」は1964年誕生です。

来年以降、自動車の車種が大幅に減らされるそうですね。
さみしいですが、新しい時代がやってくるのでしょう。

1964年は、日常の生活もかなり変わってきました。
1950年代の「三種の神器」は、白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫です。
1960年代の「三種の神器」は、カラーテレビ、クーラー、自動車ですね。
とはいえ、1964年にこの三種類を所有していた家庭はまだまだ少数でした。
都会と地方とのタイムラグは10年以上はあったかもしれません。

電子レンジ、炊飯保温ジャー、ラジカセ、エアコンは、まだまだ誕生していません。
黒電話を所有していない家庭も少なくありませんでしたね。
ビデオデッキも一般普及はまだまだです。
魔法瓶、万年筆、クリネックスティシュー、保温できない炊飯器がよく売れました。

小さな川にあった「どぶ板」や、街角の木製の共同ゴミ箱は撤去され、河川も次々に暗渠(あんきょ)に変わっていきます。
「どぶ板選挙」という言葉が残っていますが、実際にどぶ板を踏んだ経験のある人は、今、50歳以上くらいでないといないのかもしれません。
今は、地方の田園地域でさえ、見つけることはできないかもしれませんね。

路面電車から、地下鉄やバスにどんどんシフトしていきます。
住宅のかたちも変わり、アパートやマンションも増えていきます。
団地族、カギっ子、みゆき族、アイビールック、タートルネック、イヤミのポーズ「シェー」、カラ出張もこの年です。
東京は大渇水の水不足で、「東京砂漠」という言葉が生まれています。

オリンピックからは、女子バレーボールの「東洋の魔女」と、大松監督の「おれについてこい」という言葉が有名になりました。
「アベベ」という名を知らない人はいなかったと思います。

* * *

ざっと簡単に振り返りましたが、暗い事件や災害があったのと同時に、革新的で驚くような、建物や乗り物、商品や文化が次々に誕生してきた時代ですね。
都市も、人々の暮らしも大きく変化し、ヒット曲も若者向けの青春ものから、ベテランのものまで、幅広い音楽スタイルです。
こうした活気づいた世の中に、オリンピックが東京にやって来たのですから、それは盛り上がるはずです。
6年後の1970年には、大阪に万国博覧会がやって来ました。
今回の東京から大阪への大イベント開催も、同じ流れですね。

1960年代から80年代頃までは、ちょっと信じられないくらいの、怒涛の大成長期の日本でしたね。
よほどのことがなければ、もう、こんな時代がやってくるとは思えないような気がします。

2020年の東京オリンピックは、日本の歴史に何かをもたらしてくれるのか、ただの祭典になるのか、さあ、どちらでしょう?
1964年の時のように、近年、東京の街が大きく変化しているのは確かです。
後は、新しいものが生まれてくるパワーがあるかどうか…?
人々が、未来志向でいるかどうか…?

2020年が、もうすぐやって来ます。
新しい元号も準備OKです。
土木分野は元気そうな気がします。
2019年も、あと1ヵ月ちょっと…、さあ、新しい年の準備を始める時期がやってきましたね。
がんばりましょう!

* * *

最後に、東京都建設局の方々に、厚く御礼申し上げます。


2019.11.18 jiho
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