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麒麟(6)あなたの麒麟は…

【概要】NHK大河ドラマ「麒麟がくる」。麒麟という存在。麒麟が宿る場所。


前回コラム「麒麟(5)是々非々か、是々非々じゃないか」では、明智光秀と斎藤義龍のこと、池端俊策さんのこと、神業のことなどを書きました。

今回のコラムは、大河ドラマ「麒麟がくる」の「麒麟」について、雑感を書いてみたいと思います。
「麒麟(きりん)」とは、動物園にいる あのキリンさんとは、まったく別の生き物ですよ。


◇麒麟という存在

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」をご覧の多くの視聴者の方々は、おそらく、「麒麟」のイメージを、戦国時代にあらわれる ある種の想像物と考えておられると思います。
私もそうです。

ですが、この戦国時代という視点を、一度 はずしてみてください。

私が想像するに、おそらく、職種、業界、仕事、立場、役割などによって、その「麒麟像」が変わってくるのではと感じています。

* * *

ビジネス社会にあらわれる麒麟と、戦国時代にあらわれる麒麟は、まちがいなく、その姿が異なるように感じます。
芸術分野の麒麟、研究や開発分野の麒麟、スポーツ界の麒麟…、各分野に、それぞれ別の麒麟があらわれるのかもしれません。

あなたにとっての「麒麟」は、どんな姿をしていますか?

どんなことをしてくれる「麒麟」ですか?

* * *

毎年、クリスマスは やってきますね。
多くの方は、そこに、いつもの日常とは違う何かを感じたりしますね。

心が、安らいだり、温かく感じたりする人も多いと思います。
目に見える、街の景色も違って見えてきます。
自然に、涙が流れたり、誰かに会いたくなったり…。

普段、何の家族サービスもしないお父さんが、その日だけケーキを黙って買ってきたりします。
宗教に関わりなく、その日が、人に、ある種の「願い」を抱かせるのは間違いありません。

私は、「麒麟」も、そうしたものではないかという気がしています。

目に見えるものではなくとも、感じることができるもの…。
クリスマスの日のように、しっかり、そこに来てくれるものではなくとも、「麒麟」は必ず、どこかに いてくれているもの なのかもしれません。


◇麒麟が宿る場所

ビジネスやスポーツなど、勝ち負けが存在するような分野がありますね。
もちろん、必ずしも、勝ち負けや、順位の昇進がすべてではなく、それとは別の目的や理想もあります。

勝ち負けが存在するような分野は、勝敗に固執し、努力精進しなければ、なかなか勝てないのも事実です。
ですが、勝敗だけに固執する者は、意外と勝てないということも、よくあります。

王者となるような勝者は、意外と、自分でも気づかない、心の中の片すみに、勝敗とは別の部屋があったりします。
意外と、「麒麟」はそんな隅っこの部屋に隠れているのかもしれません。

* * *

今年は、東京オリンピックがあり、これから選手の意気込みなどを、テレビでたくさん聞くことになりますね。
人生の年長者の方々の中には、選手の言動や発言内容の中に、「麒麟」がいる気配を感じる方も少なくないと思います。
これまでの五輪がそうであったように、勝つ人間は見つけにくいものですが、勝てない人間は意外と予想できたりしますね。

この選手には、麒麟がやってきそうだ…。
この選手はがんばってはいるが、はたして麒麟がやって来てくれるのだろうか…。
選手たちそれぞれにとって、今年が「麒麟がくる」年となるのだろうか…。

* * *

「麒麟」は、本来、神話や伝説に登場する生き物で、ある条件が整わないと、その者たちのもとにやって来ません。
何かを目指す者、人を導く立場を目指す者にとっては、ぜひとも、やって来てほしい生き物ですね。

麒麟がやって来てくれるには、努力精進はもちろん、それ以外の要素も大きいのだろうと、何となく感じます。
信心深く 待っていれば、来てくれるというものでもないのでしょう。

麒麟は、けっして、自分でスーパーや酒屋さんに買いに行くものではありません。
「本能寺の変」を起こせば、来てくれるというものでもないでしょう。
麒麟のほうが、ひとを選択して、その時に、その場所に、やって来てくれるのだと思います。

明智光秀にとっての麒麟は…。
戦国時代にとっての麒麟は…。
NHKにとっての麒麟は…。
視聴者にとっての麒麟は…。
日本にとっての麒麟は…。

それぞれの心の中に、努力精進や勝敗とは異なる、別の部屋をつくって置くこと…、そこに「麒麟」が宿すのかもしれませんね。

あなたのもとにも、「麒麟がくる」のかどうか…。

自分のもとに、来ても、来なくても、その存在を信じて、願っていたいものです。
そして、いつか麒麟に導かれていきたいものです。

私の希望としては、「麒麟がくる」の光秀の最期の姿は、武将の姿ではなく、鮮やかな水色の着物を着て、桔梗(ききょう)の花を手にしていてほしいと思っています。
麒麟は、その桔梗を どこに…。

まさに、天のみぞ 知る「麒麟」です。

* * *

コラム「麒麟(7)」につづく。


2020.2.8 天乃 みそ汁
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