「映像&史跡 fun」は、映像・テレビ番組・史跡・旅・動画撮影のヒントなどをご紹介するコラムです。


麒麟(7)一撃必殺・ウソぴょんがくる

【概要】NHK大河ドラマ「麒麟がくる」。激動の松平氏。今川と織田の陰謀。斎藤道三と平手政秀。吉良氏と大河内氏。菊丸は何者?人質の苦悩。蛍草 菜々の剣。妖刀 村正。本能寺と鉄砲。


前回コラム「麒麟(6)あなたの麒麟は…」では、麒麟(きりん)という生き物について書きました。

今回のコラムは、大河ドラマ「麒麟がくる」第四回について、書いてみたいと思います。


◇ウソは真実、真実はウソ

本コラムの「麒麟シリーズ」では、これまで何度か、次のように書いてきました。
「今回のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』では、おそらく、これでもかというほどの『裏切り』を見せつけてくれのだろう」と。

そのとおり、第四回の内容は、やはり「裏切り」や「嘘(ウソ)」のオンパレードでしたね。

* * *

まずは、帰蝶(きちょう)と、お医者さまの助手の駒(こま)による、お医者さま「東庵(とうあん)」の裏話から始まりますが、すぐに、堺正章さんが演じる「東庵」のウソ話しにシーンは切り替わります。
美濃を出た後に尾張に行くこと、すごろくで借金があること…、さすがの斎藤道三は、東庵のウソを、すべてお見通しです。

東庵の虚言癖などは、道三も、織田信秀もお見通しです。
この時代、殺されないためには、どんな嘘もまかり通りますよね。

第四回では、門脇麦さんが演じる、東庵の助手の駒(こま)は、みんなにウソをつかれて、キレぎみです。
そんな中、気のきいたウソのひとつも言わない、バカ正直な光秀には、さらに逆ギレです。

一回の放送回の中に、よくまあ、これだけウソを盛り込んだものです。

その分、光秀の、天然といいますか、お人よしぶりは、際立ちますね。
後の徳川家康になる幼い「竹千代(たけちよ)」と、光秀との、ウソのない話しが、私は、何か心洗われるような思いになりました。

それ以外のシーンは、ウソのオンパレードです。
番組視聴者は、人間不信になりそうなくらい、ちょっと暗い気持ちになったかもしれませんね。
これだけ、ウソに囲まれると、何か真実までが、ウソのように感じてしまいそうです。

* * *

岡村隆史さんが演じる、謎の農民「菊丸(きくまる)」までも、光秀にウソをつくとは…。
何か、怪しい人物だとは思っていましたが、相当なタマかも…。
チコちゃんの相棒だと、なめていましたら、まさか、こんな重要な役どころとは…。
菊丸は、ボ~と生きてきた人物ではなさそうです。
いったい誰の手下なのでしょう…、まさか…。


◇ウソつき ウサギ

今回の映像の中には、月の図柄がたくさん出てきましたね。
まさに「ウソつき」だらけの回です。

特に、お医者さまの着物の柄は、三日月とひっくり返ったウサギのように見えました。
まるで、完全な嘘もつけない、中途半端な嘘つきウサギのようです。

そして、ウサギという生き物は、神話の時代から、だまし役だったり、だまされ役だったり…。
だましたつもりが、だまされて…。

このお医者さま…、やはり、表からも裏からも、ものごとを見ることができる眼力は備えているようですね。
どちらからでもウソをつけるようです。
さすが道三…、当たっていましたね。

道三は、この東庵が、どちらからでも、モノを言える人物であることも見抜いていましたね。
道三の人を見る眼力を、この回で、まざまざと見せつけた気がします。
そして、人を上手に操る道三です。

とはいえ、東庵の光秀への態度だけは、ウソとはまた違うようにも感じますね。
ただ、光秀の味方とは、まだ思えません。


◇ウソぴょん

皆さまは、JARO日本広告審査機構のテレビCMをご存じでしょうか。

ウソつきのウサギの「うそぴょん」、大げさな鯛の「コダイ」、紛らわしい鷲(わし)の「まぎらわし」の三匹が登場するCMです。
「ダメダメ三匹の歌」といいます。

これは、ウソ広告、誇大広告、曖昧・詐欺広告に注意喚起するテレビCMです。

第四回の中で、お医者さまの東庵の着物のウサギ柄が、テレビ画面にアップ(大写し)になった際、思わず、「うそぴょ~ん」と叫んだのは、私だけではなかったと思います。

* * *

この着物のウサギ柄が、本当は何を意味しているのかは、私には、よくわかりません。
私が勝手に、「ウソぴょん」と思っただけですので、今後も、このウサギをちょっとだけ注目していきたいと思っています。
サメとか、カメとかに、柄が変わっていたら面白いですが…。
神話では、ウサギは心をあらためますね。


◇まさかの出会い

さて、ドラマの中の、ウソの台詞ではない、竹千代(後の家康)の部分について、少し書きます。

「麒麟がくる」第四回の中の、まさか、そこで、家康と光秀の出会いを演出するとは、なかなかですね。
うまい具合に出会わせたものです。

視聴者の中には、どうして駿河ではなくて、尾張に家康がいるの…と思われた方も多いと思います。
後で書きます。

本コラムの「麒麟シリーズ」で、私は、「明智氏や土岐氏に、家康はなぜかやさしい…」と書いてきました。
私は個人的に、「本能寺の変」後の、家康の「伊賀越え」の際に、光秀が家康の命を狙ったという話しは、かなり怪しいと思っています。
この話しには、家康の巧みなウソが、かなり混在している気がしてなりません。
おいおい、書いていきます。

* * *

さて、第四回では、非常に幼い竹千代(後の家康)が登場しましたね。
光秀との、この時期の出会いが、歴史上の史実かどうかは知りませんが、おそらく家康が7歳ごろの竹千代の設定だと思います。

よく、家康の人質時代の始まりは、今川家での人質から始まると認識されがちですが、実は、その前の数年間だけ、さらわれて、現金で売買され、ある場所に閉じ込められていたかもしれない時代があります。
これが事実であれば、単なる「人質」ではなく、「拉致監禁の上、さらに人質」ということになります。
それが家康の6歳から8歳の間です。

「麒麟がくる」第四回の中の、光秀と竹千代(家康)の出会いは、その間の出来事なのだと思います。
この頃の、家康のふるさとの三河国のことは、岡村隆史さんが演じる菊丸の台詞で、簡単に説明されていましたね。


◇菊丸こそが…

とはいえ、非常に不思議です。
こんな内情を、庶民の菊丸が知るはずはありません。

ということは、菊丸は、松平家の間者(かんじゃ・忍者に似たもの)、まさか後の四天王…?
あれ…、あれあれ…、ということは、まさか、徳川家にもいた あの有名な裏切り者…。
そういえば、信州松本にいた彼も、源氏の血筋…。
まさに間者のような役割も担っていました…、そしてついに家康を…。

菊丸の雰囲気からして、朝倉や浅井、六角、京極などの福井や滋賀の勢力の間者には見えません。
ただ、今川や武田の間者と考えられなくもないです。

織田家は甲賀忍者を庇護し、伊賀忍者は敵でしたが、薬売りに変装するのは、ちょっと時代が早い気もします。
織田家が薬草園を伊吹山につくるのも、たしか、もう少し後の時代では…。
とはいえ、岡村さんは、あの「ハットリくん」にも似ていますね。

* * *

今回の第四回の中で、織田信秀は、東庵に銃弾の傷跡を見せましたが、私は、これは あえて見せたものと思っています。
信秀の「ウソ」だと思います。
わざと「ニセ情報」を、東庵に持たせたものと想像します。
夜の寝汗の話しまで、あえて付け加えています。

そうなると、光秀を襲った武士団も、光秀を助けた隠密風の集団も、織田軍の者と考えられます。
ニセ情報を、本当だと信じ込ませる仕掛けだったかもしれません。

菊丸は、隠密風集団の正体を、間違いなく知っていますね。
菊丸は光秀から離れて、隠密集団を呼びに行ったのだろうと思います。
光秀に、このウソを信じ込ませるためですね。

そうなると、菊丸は、信秀の家臣とも考えられます。
織田信秀は、菊丸から、東庵が美濃国にいる情報を得たのでしょう。

光秀は、ウソを、本当だと信じきった雰囲気がしますが、ドラマの中の道三は、本当に信じたでしょうか。
これが本当の戦国時代であれば、信じてしまった武将は負けます。
戦国時代の本物の道三であれば、こんなことに、だまさるはずはないでしょう。

菊丸のウソは、結構 本ものですね。

* * *

とはいえ、医者の東庵も、織田と斎藤のどちらにつこうと考えているのか、まだわかりません。
ひとまずは、彼の助手の「駒」が、道三に人質にとられているので、中立の立場をとったのかもしれません。

東庵が、本当に だましたかった相手は、大河ドラマの視聴者かもしれませんね。

* * *

菊丸が、今、だれの家臣なのかは、それほど問題ではないのかもしれません。
彼が最後まで味方する武将は誰なのか…、それが気になります。
菊丸は、ニセ物か、本物かに、鼻が「きく」人間なのでしょう。

そうでした、そうでした…、「チコちゃんは知っています。」

今回の大河ドラマの脚本は、手が込んでいて、非常に面白いです。
さすが池端俊策さんです。


◇吉良氏と大河内氏

さて、この「拉致監禁」のことを、簡単に書きます。
まさに、戦国時代の「裏切り」「ウソ」「下克上」が、そこにしっかりあるのです。

「麒麟がくる」の初期の頃の回では、まずは、斎藤道三や織田信長と、光秀との関係性が描かれていくのだと思いますが、実は松平氏(後の徳川家康)とも、相当に深い関係性があります。
もし、ある段階で、松平氏が 土岐氏のように没落していたら、光秀の人生は相当に変わったであろうと感じます。

ここで、ごく簡単に、この時代の三河国(今の愛知県東部)のある武家のことを書きます。

* * *

コラム「麒麟(3)水色桔梗」では、平安時代からの源氏の流れのことを書きましたが、三河吉良(みかわ きら)氏は、清和源氏である河内源氏の「下野(しもつけ)源氏」の流れをくんでいます。

「御所(足利将軍家)が絶えれば、吉良が継ぎ、吉良が絶えれば今川が継ぐ」という有名な言葉の、あの吉良氏のことです。
赤穂事件の吉良上野介の吉良家のことです。

その家格の高さや歴史の深さとは逆に、武勇にすぐれた武将が輩出されず、有力武家といえども、武力はないという家だったと思います。
そのかわり、江戸幕府内での政治や文化面での貢献度が絶大な名家です。

ちなみに、浅野内匠頭の赤穂浅野家は、広島浅野家からの分家で、さらに古い歴史をたどると、清和源氏の摂津源氏から枝分かれした美濃源氏までたどりつきます。
美濃源氏…、すなわち美濃国の土岐氏のことです。
後に、明智氏が枝分かれした土岐氏です。
浅野氏は、バリバリの土岐氏の子孫なのです。

ですから、吉良氏と浅野氏は、同じ清和源氏でも、吉良氏は室町幕府の足利将軍家、浅野氏はいってみれば鎌倉幕府の中心の名家の出身という構図です。
さらに、松平氏の中から徳川家、源家康(徳川家康)という源氏の名家を、政治的に誕生させたのが吉良氏で、江戸幕府開設に武力で大貢献したのが浅野氏です。
まさか、この両家が、後世にあの大問題を引き起こすとは、何の因果なのか、よくわかりません。

* * *

さて、三河国には、摂津源氏の流れの「大河内(おおこうち)」氏もいました。
松平姓の武家は、江戸時代以降は、14家とも18家(松の文字を分解すると十八公となる)ともいわれていますね。

大河内氏は、後に長沢松平家に取り込まれ、大河内松平家となります。
今、愛知県豊川市には長沢町という地名があるそうですが、この長沢です。
大河内松平家の子孫には、「知恵伊豆(ちえいず)」という名称で知られる、老中の松平信綱もいました。

NHKテレビの番組「先人たちの底力 知恵泉」は、ここからの命名だと思います。
京都の大河内山荘で知られる、俳優の大河内傅次郎は芸名です。

* * *

そういえば、昔、朝日新聞社が「知恵蔵(ちえぞう)」という相当に分厚い用語辞典を販売していましたね。
ネット社会になる前は、私も愛用していました。
私は、この「知恵」という言葉が、なんとなく好きでした。
今は、ネット上のデータベースになっているようですが、よくは知りません。

この「知恵蔵」は、岩波書店の「広辞苑(こうじえん)」、自由国民社の「現代用語の基礎知識」、集英社の「イミダス」、三省堂の「大辞林」とともに、昭和の一時代を築いた大型辞典でしたね。
この中のどれかが、一家に一冊はあったものです。

今の若い世代は、「ウィキペディア」は知っていても、前述のどの一冊も知らないかもしれません。
昔のこうした書籍や中味は、今のネット社会にしっかり対応できているのでしょうか…。
この中のどれかは、「ウィキペディア」になれたはずなのに…。

今、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの4社を総称して「GAFA(ガーファ)」と呼びますね。
世界の富のかなりが、この4社に集まっています。
今、米国以外の世界各国で課税方法を模索していますね。
日本も、GAFAをつくれたはずなのに…。
今のままでは、これからも、日本からは生まれてはきませんね。
「知恵伊豆」が、現代に出現してほしいものです。

話しを戻します。
どこまで書いたでしょうか…。


◇松平清康

戦国時代は、かつての源氏の同族が、武家どうしで争ったり、手を組んだり、臣下になったりしていました。

そんな戦国時代の1511年に、後の「松平清康(きよやす)」が三河国の松平家に誕生します。
清康の「清」は、三河吉良氏の吉良持清の「清」から一字もらいます。
清康の母は、大河内満成の娘です。
松平、吉良、大河内の深い関係性がうかがえますね。

* * *

清康は、武勇や政治力に優れていたようで、松平一族内で争っていた三河国を、1530年頃には、武力で統一したようです。
清康は、美濃国の斎藤道三と手を組み、隣国の尾張国の織田信秀を挟み討ちにしようと画策します。
そんな中、1535年、清康は誰かに暗殺されてしまいます。
これが「守山崩れ(森山崩れ)」と呼ばれる出来事です。

徳川家の文献には、家臣の中のひとりが、何か思い込んで、清康を斬り殺したとされています。
実は、松平清康側と、織田信秀側の双方に、それぞれの内通者がいて、その争いの結果、暗殺されたという説もあります。

個人的には、後者のほうが現実的だと思うのですが、おそらく、後の両家の関係性を考えると、それでは都合が悪いはずです。
松平家のひとりの家臣の乱心で片づける理由があったのではないかと思っています。

「麒麟がくる」では、松平家のこのあたりのことは描かれるのでしょうか…。


◇妖刀 村正

昭和生まれの時代劇ファンの方々でしたら、「妖刀・村正(ようとう・むらまさ)」という言い方をご存じの方も多いと思います。
一度、さやから抜かれたら、人を斬るまで戻らない…、手にした人を狂わせる、あの恐ろしい妖刀です。

実際の名刀「村正」は、「千子村正(せんごむらまさ)」と呼ばれる名刀で、「政宗」のような鑑賞用の美術品の刀ではなく、戦いでの実践刀です。
もともとは、その匠の名前であり、工房一族の名であったようですが、今は、刀の名前です。
幾本かの現物が残っているようですね。

妖刀伝説は、どうも創作のようで、商品価値をあげることが目的であったのかもしれません。
さらに、前述の家臣の乱心に結びつけやすい話しでもある気がします。

とはいえ、松平清康はこの村正で斬り殺されたと、文献には残っているようです。

* * *

この松平清康の娘たちは、続々と吉良家や酒井家に嫁いでいきます。
相続は、10歳の長男、広忠(ひろただ)に行われます。
この松平広忠が、家康の父です。

清康の急死で、また松平一族は争い始めます。
清康の弟と叔父さんは、広忠を討とうしますが、広忠は、吉良家や前述の清康殺しの犯人の父親「阿部定吉(あべさだよし)」の助けもあって、伊勢に逃亡します。
もはや、誰が敵で、誰が味方やら、さっぱりわかりませんね。

吉良家は、それほどの武力を持っていなかったと前述しましたが、広忠は、駿河国の今川義元を頼って、別の松平勢に乗っ取られていた本拠地の岡崎城を、今川の武力で奪い返します。

戦国時代に、他の武家の武力の助けを借りることが、どれほど危険なことなのかが、よくわかる例でもあります。
とはいえ、広忠に、他の手はありませんでした。
たいがいは、助けを貸したい輩(やから)の陰謀が事前にあったりするものです。

前述の清康殺しの犯人の父の阿部家の直系はここで絶えますが、同族の他の阿部一族は、後の江戸幕府の幕閣として活躍します。
例の清康殺しの家臣の話し…、もはや、くつがえすことは誰にもできませんね。
さすが、江戸幕府です。


◇母をたずねて…

さて、清康という武勇にすぐれた英雄がいなくなった松平家は、相当な苦難の時代に入っていきます。

織田信秀は、織田家を一大勢力に引きあげてきた武将です。
隣国の三河国に侵攻の繰り返しです。

広忠の三河国は武力も小さく、駿河国と尾張国に挟まれて、両側から、猛烈な圧力を受けることになります。
松平家の三河国は、今川義元の傘下に入ったも同然のような弱い立場だったはずです。

とはいえ、この時期に、松平氏が、完全にどちら側かに組み込まれることなく、あっちについたり、こっちについたりすることで、滅亡することなく、しっかり独立色を維持できたことが、後に天下を取ることにつながりますから、私たちは、まさに「滅ぼされることのない、弱者の戦い方」を知ることができますね。
この時に、広忠が無分別な闘争心を表に出していたら、松平家はここで消滅していたのかもしれません。
戦国時代、こうしたかたちで滅亡していった武家は数えきれませんね。

「清康がいて、広忠がいて、家康が生まれてきた」…。
家康は、祖父の清康、父の広忠から、会話はなくとも、しっかり学んだような気がします。
家康の「康」は、もちろん、清康の「康」です。

二代将軍、秀忠の「忠」は、広忠の「忠」だと思います。
徳川家にとって、「康」と「忠」は、かけがえのない文字となります。

* * *

「麒麟がくる」第四回の中の竹千代(後の家康)は、光秀に、三河国に帰りたいと言いますね。

竹千代が母親から離されたのは3歳頃といわれており、織田の人質になったの6歳くらいからです。
17歳の時の、織田と今川の戦闘「桶狭間の戦い」まで続きますから、人質は約12年ほど続きます。

織田軍の勝利により、家康は、母を手元に呼ぶことができます。
おそらく14年ぶりの母との再会だったと思います。
ドラマでは、あと10年ほどの我慢ですね。

「麒麟がくる」では、この母子の部分に焦点をあてることはないだろうと思いましたので、ここで母子の未来を書きました。
第四回は、人質の苦悩を表現するための内容だったとは思います。

「竹千代」も、東庵の助手の「駒」も、時として「人質」は、自分がどういう立場であるかを知らないまま、その苦境に立たされることがあります。
知っているのと、知らないでいるのと、どちらが より苦悩するのでしょうか。
私には、よくわかりません。


◇道三と政秀

さて、「麒麟がくる」の第四回では、1548年の「小豆坂(あずきざか)の戦い」が描かれ、織田信秀が今川義元に完敗しましたね。
小豆坂とは、今の愛知県岡崎市にあります。

実は、この戦いの直前の、三河、駿河、尾張の関係性は、はっきりとは断定できておらず、諸説が入り乱れています。
織田と今川が手を組んで松平を滅ぼそうとしたとか、松平家の岡崎城はすでに織田のものとなっていたとか、いろいろな説があります。
「小豆坂の戦い」では、あきらかに織田氏が今川氏に敗れましたが、松平家がどんな状況のもとにあったかは、よくわかりません。

実は、この複雑な三国関係に、スルスルとあのマムシが入り込んできたという説もあります。
「美濃のマムシ」こと、斎藤道三です。

道三が、何かを画策して、織田と今川、松平家内部の両派閥、を戦わせたという説です。
「麒麟がくる」第四回の「ウソ」の中に、その話は登場してきませんでしたが、たしかに、あのマムシなら、やりかねませんね。

敵どうしを、まずは戦わせて、勝ったことは勝ったがダメージを受けている時に、負けた側の残兵や一族と自分の兵を使って攻撃をするというのは、戦国大名の好きな戦法でしたね。
この戦法は、現代の外交でも、多く見受けられます。

第四回の内容のとおり、結果的には、道三が望んだように、織田が大敗します。

* * *

「麒麟がくる」では、織田信秀の家臣に、平手政秀(ひらて まさひで)という人物が登場していますね。
これがまた、道三と同じで、凄腕の策略家です。

おそらく、「麒麟がくる」の中でも、これから暗躍するのだと思います。
いってみれば、道三と、よろしくやっていくのは、この政秀です。

織田信長と、道三の娘の帰蝶(きちょう)の結婚が、「麒麟がくる」で、どのように描かれるかはわかりませんが、道三と政秀の陰謀以外には考えられません。

* * *

私は、土岐氏を滅ぼした家臣の斎藤道三に対して、織田氏の家臣の平手政秀の存在は、よく似ているような気がしています。
土岐氏や斎藤家のいきさつをよく知る織田信長が、後に平手政秀に用心するようになっても不思議はない気がします。
織田家から、道三が生まれたら、たまりませんよね。
おそらく、「麒麟がくる」でも、これから そのあたりが描かれていくのだと思います。

政秀の娘は、信長の弟である織田長益(織田有楽斎)の正室です。
「有楽斎(うらくさい)」とは、東京の「有楽町(ゆうらくちょう)」の名のあの方です。

私は、この政秀が、「小豆坂の戦い」の前の時代の松平氏の混乱に関与していたのは、間違いないような気がしています。
ですが、今川氏は、さらに その上をいった気がします。

* * *

「麒麟がくる」で、平手政秀は、上杉祥三さんが演じています。
大河ドラマに常連の俳優さんですよね。
演技する顔や表情を見ただけで、「おひとよし」には到底 見えませんよね。
策略家の政秀には、ぴったりです。
これは賛辞です。

これから、足利将軍家や、今川家、織田家の人間がたくさん登場してくるはずです。
今回の大河ドラマは、登場人物のイメージと、俳優さんの顔や表情のマッチングにも、何か面白さを感じています。
俳優さん方には、「顔」をしっかり残していってほしいです。
ウソだろうが、本当だろうが、テレビドラマは、「顔」から入るのも、結構 大事ですよね。


◇激動の松平氏

さて、先程、竹千代(後の家康)は、単なる「人質」ではなく、「拉致監禁の上、さらに人質」ということかもと書きましたが、この状況も、実は、はっきりわかっていません。
強制連行による人質なのか、率先して差し出された人質なのか…、これは意味が大きく異なりますね。
ここから、その中の一説を書きます。

これは前述の「小豆坂の戦い」の前年1547年のことです。
広忠は、6歳になった息子の竹千代(後の家康)を、今川家に人質として送ろうとします。
その道中、竹千代を送り届ける役目の、広忠の家臣の戸田康光が、竹千代を奪って、なんと織田側につれていき、多額の現金で売り飛ばしたというのです。
激怒した今川義元は、戸田康光を討ちます。
この時、戸田家の次男だけは、今川側につき、戸田家は滅亡を逃れます。

歴史ファンからしたら、こんなでき過ぎた妙な話しは、まったく信用できません。
歴史的に考えてみると、たいがい、こうした妙な話しは後の創作で、何かを隠したに違いありません。
いったい誰が「ウソ」をついているのでしょう…?

* * *

実は、この頃、松平家内部も、織田派と今川派に分かれていました。
広忠の正室の「於大(おだい)の方」(家康の母)の実家は、三河国の有力武家の水野氏です。
水野氏は、松平に娘を嫁がせ、織田とも同盟関係をつくっていましたが、ある段階で、今川を見限り、織田方につきます。

松平広忠としては、今川の手前、正室と離縁し、元妻を実家の水野家に戻します。
それで、息子の竹千代が今川家に人質として送られることになったということです。

戸田氏と、松平氏は親戚どうしです。
実は、戸田康光とは、広忠の元正室が水野家に戻って、広忠のもとに嫁いだ後妻の父親なのです。
後妻の父親が、義理の息子の前妻との間の子供を、人質として敵に届ける役目を負うとは、どういう意味を持っているのでしょうか。

こんな話しは、現代の推理ドラマでも、なかなかありませんね。
「犯人は私です」と先に言っているようなドラマです。
清康の妖刀よりも、怪しいです。

この話しの推論は、いくつかあります。
一部を書きます。
◎戸田氏が、突然、今川氏を見限って織田方につこうとし、竹千代を手土産にした。
◎今川と織田が手を組み、それぞれ東西に分かれて、松平と戸田を討つために、戸田氏をワナにはめた。あるいは戸田氏はそれを受け入れた。
◎松平と戸田は思案の上、今川と織田の両者と戦うことを避けようと、バランスを取ろうとした。そして、戸田氏が犠牲になることを引き受けたが、お家の滅亡だけは避けるため、今川方にひと芝居うった。今川氏も認識済みで、さらにそこにワナを仕掛けようとした。
◎実は、本拠地の岡崎城は、すでに織田方に落ちていて、松平側が、率先して人質を織田方に送った。

戸田康光が、松平広忠を裏切ったのかどうかは、わかっていません。
戸田氏が、あえて悪役を買って出た可能性だってあります。

いずれにしても、広忠が、織田方に囲われている竹千代を、連れ戻すのは政治的に容易ではありません。
この時に、松平氏が織田氏の軍門に完全に下っていたら、三河国の松平家はどうなっていたでしょう。
今川氏から総攻撃を受けます。
まずは、両者のバランスを維持しつつ、耐え忍ぶしかなかったのかもしれませんね。

後の江戸幕府から見たら、ここで家康が命を落とすことがなかったことこそが、もっとも重要なことでしたね。
前述の水野家は、江戸幕府のまさに屋台骨(やたいぼね)となります。

* * *

松平氏が弱った、こういう時にこそ、道三のような人間は、やさしく声をかけてくるのだと思います。
今川家にも、「雪斎(せっさい)」という名の、ワナにはワナをという大策略家がいました。

次回の「麒麟がくる」では、いよいよ今川家が登場してきそうです。

今川義元、織田信秀、斎藤道三、平手政秀、雪斎…、もう一筋縄では立ち向かえませんね。
情報をたくさん持った現代人でも、彼らに立ち向かうのは、至難の業です。

前述の人たちは、「情報など…ふん、自分はその上をいけばいい」という人間たちだったでしょう。

* * *

翌年の1548年に、「小豆坂の戦い」で、織田軍は今川軍に大敗するのです。
「麒麟がくる」では、道三の動きは描かれませんでしたが、実際は、どのように動いたのでしょうね…。

* * *

そしてなんと、その翌年の1549年に、松平広忠は暗殺されるのです。

もはや、今川氏の上洛を阻む松平勢は、実質的にいなくなります。
次は織田勢攻略です。

この時期の今川氏は、あの武田氏や北条氏とも、渡り合っていた時期です。
「恐ろしや、今川の大陰謀」ですね。
ずいぶん後に、織田信長がその上をいくとは、誰が想像できたでしょうか。
信玄をも驚かせた、信長でしたね。

さて、ここまでの一連の松平氏の流れを見るに、やはり、この一連の筋書きは、今川家がつくったような気がしてなりません。
これは、道三の筋書きでもあったかもしれません。

でも、道三は、いずれ信長に出会って、その筋書きを変えることになったのかもしれませんね。

* * *

松平氏は、清康、広忠と、親子二代で暗殺されたのです。
家康も、何度も暗殺の危機を乗り越えましたね。
戦国時代の暗殺は、一番手っ取り早い打開策であったりする場合もありますが、問題をさらに複雑化させるものでもありました。
いずれにしても、遺恨や怨恨は残ります。
戦国時代は、遺恨や怨恨のままで終わることはありません。
この時期は、戦いの連鎖のまだまだ序章段階です。
世の中の人々の遺恨や怨恨は、さらに大きくなり、チカラを増していくことになります。

* * *

「麒麟がくる」のドラマは、第四回の時点で、このあたりまでの内容ですので、今回のコラムも、このあたりでいったんストップしたいと思います。

ドラマでは、さらっと説明のナレーションが入っていきますが、その背景には、こうしたストーリーがありました。

織田家に囲われている家康が、いずれ今川家の人質となっていくこと、織田家内部のドロドロ劇、道三や政秀の悪だくみなどは、これから描かれていくのだと思います。


◇ウソは、もうイヤ

大河ドラマでは、人間の、ウソや裏切り、欲望などのドロドロした部分ばかりが目につきますが、それを描くのが大河ドラマの役割ですね。
遺恨、怨恨、裏切りばかりの大河ドラマが嫌なら、NHKには「大岡越前」もあります。

大岡越前のドラマのことは、コラム「おウマがくる~!」でも書きましたが、その時代劇ドラマには、これでもかというほどの善意の塊りのような人物も登場してきます。
ドラマ全体が、言い知れぬ「善意」に包まれているのです。
ある意味、現代人が、忘れかけそうになっている人間の善意がそこにあります。
大河ドラマで少し暗い気持ちになったら、このドラマもいいですよ。


◇一撃必殺…蛍草

NHKでは、土曜日の夕方に、それともまた違う、痛快な時代劇ドラマを放送しています。
「蛍草(ほたるぐさ) 菜々の剣」です。
清原果耶(きよはら かや)さんが主演です。

時代劇でありながら、主人公は、見るからにひ弱そうな少女なのです。
なのに、その女の子が、とてつもない能力の持ち主で、大人の男の侍を、剣の技でやっつけるのです。
それも、さほど鍛錬することなく…。
この痛快さは、大河にも、大岡越前にもありません。
私も、この時代劇は、初めて見るまで、あなどっていました。

女性から見ても、大の大人の男性を叩きのめす少女の姿は、痛快そのものかと思います。
彼女の剣の一撃は、まるで必殺仕事人の一撃のようです。
でも、毎回は一撃はなさそうです。
個人的には、必殺シリーズの時代劇がなくなった今、「蛍草」をシリーズ化して、この一撃を極めてほしい気がしています。

* * *

この番組を見ていましたら、昭和の時代のロッキード事件の時に、「ハチの一刺(ひとさし)」という流行語が生まれたことを思い出してしまいました。
女性の一撃は、男性サムライの殺陣の立ち回りにも匹敵しますね。

今の女性たちも、昭和の時代の女性に負けないように、一撃の腕を磨いてください。
強い相手には、大きな一撃…、これも戦国時代の弱小武将の鉄則でしたね。

織田信長も、今川義元に、「一撃必殺」でしたね。
あのウソまみれの猛者を、長大で周到な準備の上、「一撃」で倒したのです。

今の時代だって、「下克上」はしっかり起きますよ。
女性の皆さん…、ひたすら隠して、隠して、その時が来たら、一撃必殺!


◇本能寺と鉄砲

さて、「麒麟がくる」の第四回では、早くも「本能寺」という台詞が登場してきましたね。

ドラマの中では、足利将軍家が、種子島(たねがしま)で火縄銃を密かに作り、京の本能寺に隠しているというのです。
たしかに、火縄銃の別名は「種子島」といいます。

本能寺には、一説に、大型の弾薬庫や火薬庫が、地下や地上につくられ、多くの爆薬や火薬を常備していたという話しもあります。
威力のある大砲は、まだなかったはずです。
当時の本能寺は、確かに京の都の街はずれでした。

ドラマによっては、「本能寺の変」の本能寺は、大爆発で描かれる場合もありますね。
ですが、実際はそうではなく、大規模火災であったともいわれていますね。
そうでなければ、死者がもっと多いと思われます。

だいいち、光秀が弾薬庫や火薬庫を、近距離から攻撃するとは考えにくいですし、仮に弾薬庫や火薬庫だったとしても、織田方に扱える武士が少なければ何の役にもたちません。
ただ、一時的に、弾薬や火薬がなかった可能性はあります。
鉄砲、弾薬、火薬の事情に詳しい光秀が、本能寺の状況把握に精通していた可能性は十分あります。
第四回の内容は、その布石だったのでしょうか…。

今回の大河ドラマ「麒麟がくる」では、それが、なぜ本能寺だったのかも、少しずつ説明していくのかもしれませんね。
個人的には、それほど難しい理由はなかった気もしますが、信長に、似合わない「親心」が芽生えてしまったのが、仇となった可能性も感じてはいます。

* * *

おそらく次回くらいから、鉄砲の登場シーンが増えてくるのかもしれませんが、当時の日本人の器用さをもってすれば、火縄銃を優れた銃に改造することは難しくなかったような気もします。

織田信長と武田勝頼が戦った「長篠の戦い」では、鉄砲がどのように描かれるのでしょう。
鉄砲はたくさん持っていて、連続発射できれば、それでいいというものでもありません。
「麒麟がくる」では、鉄砲の長所や短所を、光秀がしっかり指摘してくれるのでしょうか。
「長篠の戦い」は、武田勝頼の「ナレ死(映像シーンなしのナレーション説明のみ)」で済ませるのかな…。

本木雅弘さんが演じる道三は、鉄砲、本能寺、将軍家という言葉で、顔色を変える光秀を見逃しませんでしたね。
道三は、「光秀は使える」と判断したのかもしれませんね。

* * *

さて、少し後の時代、家康の江戸幕府は、政権発足後、鉄砲の改造や開発に厳しい禁止令を出します。
真田幸村が、非常に優れた新型改造銃を使って、家康の命を狙ったことが一因に ほかなりません。
江戸幕府は、すべての武器の開発、城の新築や改築・サイズまで…、軍事技術の開発をすべてストップさせます。
今も昔も、平和への第一歩はそこから始まりますね。


◇一撃必殺

「麒麟がくる」第四回は、鉄砲のこと、本能寺のこと、織田氏や今川氏のこと、人質の苦悩のことに加えて、コミカルな雰囲気や、いかにも時代劇という「待ってました」のアクションシーン(個人的に、ちょっと笑ってしまった)に隠れながら、「ウソ」だらけの戦国時代がしっかり描かれていたように感じました。

まさに 第四回は…、「ウソぴょんがくる」でしたね。

* * *

道三は、東庵を織田信秀のもとにスパイとして送り込みました。
信秀も、彼がスパイであることは百も承知です。
あのシーンからみて、信秀は、あえて彼を呼んだのは間違いありません。
傷などは、ただの口実でしたね。

東庵も、すぐにそれに気がつきます。

情報戦で勝つか負けるかは、ウソでも本当でも、何かに気づける人間を使いこなすこと…。
きちんと報告できるかどうかは、関係ありません。
その人間の話しが、ウソか、本当かも、それほど関係ありません。
敵からニセ情報をつかまされても、別に関係ありません。
それは、道三と信秀の問題であって、東庵の問題ではありませんね。

問題は、それぞれの人間が、モノを見るチカラがあるのかどうか。
細かいところに、しっかり目が届く人間なのかどうか。
見つける術を持っているのかどうか。
ウソでも、本当でも、見つけなければ話しになりません。

道三も、信秀も、東庵がそうした能力を持っていることを、しっかり理解し、彼を使おうとしたのだと感じます。
スパイや情報は、送り出すだけではありません。
上手に受け入れるものでもあります。
現代のビジネス競争も、まったく同じですね。

ある意味、情報戦も「一撃必殺」かもしれません。

* * *

ドラマの中で、光秀は、鉄砲の鍛錬を重ね、とうとう「一撃」できるようになりました。
あとは、本番で、「一撃必殺」が できるかどうか…。

* * *

コラム「麒麟(8)」につづく。


2020.2.11 天乃 みそ汁
Copyright © KEROKEROnet.Co.,Ltd, All rights reserved.