「映像&史跡 fun」は、映像・テレビ番組・史跡・旅・動画撮影のヒントなどをご紹介するコラムです。


麒麟(8)最期のむかえ方

【概要】NHK大河ドラマ「麒麟がくる」。三梟雄の筆頭は松永久秀。黒澤明監督の蜘蛛巣城。戦国レースは 蜘蛛の巣の糸のよう。武将たちの最期。吉田鋼太郎さん大変ですよ。三船敏郎さんとスターウォーズ。野村克也さんを偲ぶ。


前回コラム「麒麟(7)一撃必殺・ウソぴょんがくる」では、激動の松平氏、今川と織田の陰謀、斎藤道三と平手政秀、人質の苦悩などについて書きました。

今回のコラムは、大河ドラマ「麒麟がくる」第五回にむけて、「戦国天下取りレース」と、「松永久秀(まつなが ひさひで)」について、書いてみたいと思います。
あと、野村克也さんについても書きます。


◇黒澤映画

私は、今回のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』では、今は亡き映画監督の、黒澤明(くろさわ あきら)さんへの 「リスペクト(敬意)」や「オマージュ」を強く打ち出しているような気がしています。
黒澤明さんの娘の黒澤和子さんが制作に加わっていることからも、そうではないかと思っています。

この「オマージュ」という言葉…、あえて日本語訳を書き加えませんでしたが、適切な日本語の用語が、私には見つけられませんでした。
尊敬、敬意、愛着など、とにかく尊敬する存在の心境に近づきたい、あるいは同じ体験をしてみたい、などの衝動をおさえることができないようなことなのかとも思っています。

モチーフ、パロディ、インスパイア、パクりなどの、敬意をさほど持たない言葉とは、間違いなく違うのだろうとは感じています。

今、経済界では「親和性(しんわせい)」という用語が流行って使われていますね。
「安心・安全」という表現と同様に、この表現を使っておけば、ひとまず安心安泰というようなものです。
この「親和性」という用語は、10数年おきに、ある日突然よみがえってくる用語ですね。
「タピオカ」や「ドラム式洗濯機」などが、数年おきに流行するのとよく似ています。
この言葉も、世の中の数年周期の意図的な仕掛けですね。
「親和性」などと軽々に使う人…、私には親和性はありません。

* * *

今回の大河ドラマの「黒澤色」は、そうした軽々な仕掛けとは少し違う印象を持っています。
かなり前の大河ドラマ作品の第一回の内容を、黒澤映画のパクリといわれ、世の中から批判を浴び、NHKが釈明に追われたことがありましたが、今回はまったく違うと、個人的には思っています。
本物か、偽物か、視聴者はすぐに感じ取るものだと思います。

今回は、「黒澤映画」の神髄をオマージュとして、表現しようとしているような雰囲気を、私は感じています。
私の勘違いでしょうか…。
色あいの派手さや、台詞のわかりづらさを指摘する声も、たしかにありますが、私は、それを越える大切なものがあれば、それでもよいとは思っています。


◇蜘蛛巣城

さて、今は、「黒澤映画」を知らない世代のほうが多いのかもしれません。

ルーカスやスピルバーグなど、世界の名だたる映画監督たちが、深いオマージュとして、自分の映画作品の中で、黒澤映画に似たシーンをたくさん描いてきましたが、若い世代の日本人が「黒澤映画」の映像表現を知らないのは、非常に悲しく感じます。

ストーリーとしての思想や哲学は置いておくとして、映像表現は、一度感じてほしいと思っています。
テレビ放送のさまざまな番組の中で、それを感じる機会は、なかなかないと思います。

今回の大河ドラマ「麒麟がくる」では、黒澤映画のエッセンスが随所に感じられますが、とはいえ、これは黒澤映画とは違うものには見えます。
もちろん制作者が違えば、違うものになるのは当然ですよね。

ですが、私は、今回の大河ドラマに、かつての黒澤映画にあった、あの独特な感覚を、ついつい期待してしまいます。

黒澤明監督は、戦国時代を扱った作品もたくさんつくっています。
映画を見ている人の呼吸を止めさせてしまうような、息詰まるシーンも多くありました。
彼の映画への探求心や情熱は、映画ビジネスとは関係のない領域で、生きていた気もします。

そんな「情熱のあるシーン」を、今回の大河ドラマでも、ついつい期待してしまいます。

* * *

私は、黒澤映画のすごさは、そのエンディングにあるとも感じています。
戦国時代の武将の作品であれば、武将の最期のシーンです。
まさに息が止まる、人間のラストシーンです。

私が、「麒麟がくる」で期待している、人間の最期のシーンは、もちろん明智光秀、織田信長、松永久秀の壮絶な最期です。
今回の大河では、帰蝶(濃姫)や斎藤道三の最期も壮絶なものなのかもしれません。

黒澤映画には、武将たちの壮絶な最期が描かれてきました。

今回の大河の順番でいえば、まずは斎藤道三、そして松永久秀かと思います。
すでに放送された土岐頼純の毒殺も、結構 意外なシーンでしたので、この二人の最期のシーンもかなり期待しています。
この二人の間には、織田信秀、足利、今川、朝倉、浅井など、多くの武将も最期をむかえます。

* * *

個人的には、「麒麟がくる」で、光秀が、ひと突きで最期をむかえるなどというシーンは見たくありません。
黒澤映画のように、5分間くらいの、主役のひとり芝居を期待してしまいます。
黒澤映画には、長いひとり芝居が、結構多かったように思います。
俳優の超見せ場ですね。

映像的には、大河の後半はどのようになっていくのでしょう。
黒澤映画は、とにかく、土色、砂けむり、滝のような雨、たちこめる霧、轟音と紅蓮の炎、雨嵐のような弓矢、ド迫力の馬群、ド派手な衣装…、自然の猛威や大迫力がつきものでした。

「麒麟がくる」では、これから、どのような映像表現がなされていくのでしょう。
今回は、鉄砲の見せ場も多いかもしれませんね
光秀による「鉄砲の雨嵐」も、期待してしまいます。

黒澤明監督が、もし大河ドラマをつくっていたら…。
叶わぬ夢ですが、個人的には、エッセンスだけでも目にしたい気がしています。

* * *

黒澤映画を見たことはないが、大河ドラマや戦国時代が好きという若者たち…、まずは黒澤映画「蜘蛛巣城(くものすじょう)」あたりから見てはいかがでしょう。

これは、カラー作品ではなくモノクロ(白黒)映画です。
モノクロであっても、その大迫力は伝わってきます。
これがカラーだったら、「麒麟がくる」のようなカラフルさはあったのだろうと想像します。
とはいえ、「麒麟がくる」は、黒澤映画の色とは違います。

映画「蜘蛛巣城」での、俳優の三船敏郎(みふね としろう)さんの最後の長いひとり芝居のすごさは圧巻です。
「麒麟がくる」の光秀の最期にも、こんな壮絶さを、どうか…。

* * *

映画「スター・ウォーズ」の監督であるジョージ・ルーカスさんは、三船敏郎さんに、オビワン役を依頼しますが、三船さんは断ってしまいます。
それでは、ダースベイダー役ではどうかとルーカスさんは食い下がりますが、それでもダメでした。

なぜ、ルーカスさんは、依頼するにあたって、黒澤明さんを頼らなかったのでしょうか…。
それでも、「世界のミフネ」は、ダメなものはダメか…。
黒澤映画のオマージュ・シーンが登場する映画だったのに、今となっては残念です。

もし、三船さんがダースベイダーを演じていたら、顔の一部は、三船さんの顔であっただろうと思います。
さらに、ダースベイダーは、日本的な武将の立ち回りをしたかもしれませんね。
日本に、「スター・ウォ―ズ」ファンがたくさんいるのは、かつての日本人のサムライの血がそうさせるのかとも思ってしまいます。

「蜘蛛巣城」は、ユーチューブあたりでも動画の一部を見ることができると思います。
圧巻の三船アクションを見れると思います。


◇松永久秀

今回の大河ドラマ「麒麟がくる」の第五回では、松永久秀が、久しぶりに登場してきそうです。

本コラムの「麒麟シリーズ」の第一回であるコラム「麒麟(1)キリンがくるッ!」で、久秀のことを、次のように書きました。

* * *

(「キリンがくるッ!」より、そのまま転載)

さて、初回を見て、非常にワクワクしたことをひとつ書きます。
俳優の吉田鋼太郎さんが演じる「松永久秀(まつながひさひで)」です。

久秀は、大河に限らず、時代劇では、ほとんど注目されず、登場シーンもほとんどない戦国武将ですが、歴史ファンや戦国ファンには、猛烈にそそられる人気者です。
久秀の死も、「裏切り」の後の壮絶な最期です。
初回から、久秀が、こんなに派手に登場するとは、これからが期待できます。
鋼太郎さんのドラマ「おっさんずラブ」を思い出した方も多かったと思います。

鋼太郎さん演じる久秀が、化粧して高笑いしながら、割れた「オカマ(お釜)」を抱いて、大爆発!
だから、彼が演じるのか…?
個人的には、鋼太郎さんが演じてきた武将の中では、久秀が一番イメージにピッタリくるような気がしています。
時代劇では、たいてい描かれない久秀の最期は、非常に楽しみですね。
「壁ドン」はあるでしょうか…。
おっさん頑張れ!

(以上、「キリンがくるッ!」より)


◇戦国の三梟雄(さんきょうゆう)

戦国時代では、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人を英雄視して「三英傑(さんえいけつ)」と呼びますが、それに対して、希代の三悪人を「三梟雄(さんきょうゆう)と呼びます。

「梟(きょう)」とは、猛禽類(もうきんるい)の「ふくろう」のことです。
現代の今なら、「ふくろうカフェ」で大人気の動物ですが、かつては、「ふくろう」といえば、悪知恵があり、哺乳類を捕食するどう猛な動物で、視界も360度、夜中の森で怪しい鳴き声がとどろかす、何か恐ろしさを感じさせる動物でした。
悪役としての「ふくろう」のイメージには、単にどう猛で残忍というだけではなく、そこには悪知恵と暗躍が隠されているような気がします。

捕食されやすい動物たちの多くは、捕食されにくい夜に活動するものが多いですが、暗闇の中を音もなく、それも上空から急襲するとは、彼らから見たら、ふくろうは、まさに恐ろしい大悪党そのものですね。

「戦国の三梟雄(さんきょうゆう)」とは、斎藤道三、宇喜多直家、松永久秀のことです。
もちろん三英傑にも陰謀はたくさんありましたが、三梟雄のそれとは少し違う感じはしますね。
陰謀も壮大な動きとなると偉業にも見えてきますが、彼らの闇から闇へという陰湿な陰謀は、たしかに、夜のふくろうをイメージさせます。

今回の「麒麟がくる」では、斎藤道三と松永久秀はしっかり登場していますね。
宇喜多直家は登場しないような気もしますが、後半に登場させられないこともないですね。
直家は、秀吉の毛利攻撃の際にも、恐るべき暗躍を行います。
この際、「三梟雄」勢ぞろいも面白いですね。

* * *

この三梟雄のうち、道三や直家は、これまでの大河ドラマに、時折登場してきましたが、みな、いかにも、ひと癖ありそうな表情ができる俳優さんたちが演じてきましたね。
今回は、道三役を、本木雅弘さんが演じており、怪しいヒゲをつけてはいますが、ちょっとイケメンすぎかもしれませんね。
「カッコいい悪(わる)」という道三も、たまには、いいですね。
カッコよさも残しながら、ちょい悪オヤジ風の、吉田鋼太郎さんの松永久秀も、私はイメージにピッタリです。

* * *

この三梟雄たちは、暗闇で目を光らせる「ふくろう」であるのはもちろん、いかにも地面の下からはい出してきた「蜘蛛(くも)」のようです。
下層階級から、さまざまな暗躍の末、下克上(げこくじょう)でトップの座まで成り上がるのです。
この三梟雄の下克上こそ、「下克上の中の下克上」といっていいかもしれません。


◇久秀と信長

個人的には、この三人の中でも、松永久秀が、その経歴や散り方からして、もっとも華々しい下克上武将だったような気がしています。
時として、斎藤道三のほうが知名度は高いかもしれませんが、それはおそらく、道三から信長へ、そして秀吉、家康へという日本史としての「天下人(てんかびと)」への主流があったからだと感じています。
私は、信長が、久秀の下克上の実力を恐れていたにちがいないと思っています。

道三は、もっと早い、ある段階で「天下取りレース」から脱落していきます。
道三は、久秀に対抗できる力量だったかは、よくわかりません。

織田信長の軍団が、信長包囲網の危機を乗り越え、天下への道を開き、秀吉、家康という流れを築きますが、ひょっとしたら、美濃国周辺地域の状況次第では、畿内の三好や松永らの勢力が天下を取っていてもおかしくなかったと感じています。
三好家内部のゴタゴタがなければ、もっと早くに天下統一をし、三英傑は、別の三人になっていたかもしれません。

秀吉は、信長の後を継ぐかたちで、天下人になりましたが、久秀が三好や足利の後にそうなっていてもおかしくなかった気もします。

「麒麟がくる」では、信長と久秀の接点は、まだかなり先だと思いますが、その時点が天下人コースの分かれ目だった気がしないでもないです。
信長にあって、久秀に足りなかったものが何か、「麒麟がくる」では描かれるのでしょうか。
もし、どこかの時点で、久秀が光秀よりも先に、「本能寺の変」を行っていたら、後の秀吉や家康の天下もなかったかもしれませんね。
光秀の人生も、相当に変わっていたでしょう。


◇強力な布陣

「麒麟がくる」第五回くらいから、松永久秀のほか、足利義輝、細川晴元、三好長慶ら、畿内(京都や奈良周辺)の武将たちがいよいよ登場してくるようです。

スマートでイケメン俳優陣の足利将軍家、重厚でひと癖ありのゴツい俳優陣の畿内の武将たち…、結構 対照的な配役に感じます。
俳優さんたちのお名前だけ…、谷原章介さん、向井理さん、眞島秀和さん、吉田鋼太郎さん、山路和弘さん、国広富之さん。

キーになる足利義昭を演じるのは、滝藤賢一さんです。
ドラマに登場する前から、滝藤さんの義昭の表情が目に浮かんできて、私は、ちょっと笑いそうです。
滝藤さんには、ぐっちゃぐっちゃでハチャメチャの義昭を目いっぱい見せてほしいです。

一方、ドラマの中では、今川家などの東海地域の駿河勢の動きも、いよいよ出てきそうです。
こちらの俳優陣も、またカッコいい強力な布陣ですね。
片岡愛之助さん、伊吹吾郎さん…。
伊吹吾郎さんの雪斎(せっさい)役は、もはや僧というより猛将の顔つきです。
私は、本来の雪斎は、こうした人物だったのではと感じています。

美濃国や尾張国の俳優陣にとって、両者とも、結構 強敵ですね。
まさに、三地域での俳優の「強力な布陣」です。
バチバチ演ってほしいところです。
道三、光秀、信秀、義龍、帰蝶…、さあ勝てるか…。
家康や秀吉は、まだ来ない。

さて、戦国時代としては、日本の中心地域のそこらじゅうで、大きな火の手が上がって来そうです。
まさに、本格的な、戦国の大嵐の前夜です。

* * *

信長の家臣団の武将たちや、家康、真田、毛利、黒田などが主役になるような大河ドラマでは、前述の畿内の武将らは、ほとんど傍らに置かれ、登場すらしないことが多いのですが、今回の大河ドラマでは、めずらしく畿内の天下取り争いが描かれそうです。
同じ戦国時代でも、後世、天下人ルートの主流になれなかった、もうひとつの天下取り争いのルートコースが畿内の「三好・松永ルート」です。

光秀の生涯を考えると、三好家や松永家のことは、光秀と、それほどつながりはないような気がしますが、「麒麟がくる」では、すでに光秀と久秀は、そうとうな関係性を持っていますね。
興味深く、ドラマの中の二人の関係性を見ていきたいと思っています。

おいおい、本コラムでも、「麒麟がくる」の内容に合わせながら、三好や松永のことを書いていきたいと思っています。


◇蜘蛛の糸

前述のとおり、戦国時代の「天下人」までのルートは、尾張・美濃・三河からの「信長ルート」ばかりが注目されますが、実はルートはさまざまにありました。
信長という存在があるかないかは、かなり大きかったとは思いますが、そのルートは、まるで蜘蛛(くも)の巣のように、無数にありました。

蜘蛛の巣の中心が「天下人」の位置と考えれば、そこまでのルートは、まさに蜘蛛の巣の糸のように複雑に無数にあります。
久秀も光秀、あっちの糸、こっちの糸と、目まぐるしく走り回っていたのかもしれません。

ほとんどの武将は、段階的に、蜘蛛の巣の糸から落ちていきました。
最後まで、糸の上に残れた武将はわずかです。
さらに中心にたどりついた武将は、わずか二人だけです。
それも実力伯仲の二人でしたね。

「麒麟がくる」では、ひょっとしたら、天下取りレースを、信長ルートと、松永ルートの両方で描こうとしているのかもしれません。
たしかに、三好家の家臣の松永久秀と、織田家の家臣の明智光秀は、少し共通した部分があるかもしれません。
二人の最期も、似ていないではないです。

さて、多くの武将たちは、それぞれ、どの糸を選択するのか…。

* * *

「麒麟がくる」では、松永久秀もかなり重要な位置づけにしているのかもしれませんね。
光秀と久秀…、名前もそっくりのふたり。
かなり違う人生なのか、結局、糸のルートが違っただけで、目指したのは同じだったのか…。
このふたりを、見比べていると、面白いのかもしれませんね。


◇平蜘蛛が大変ですよ!

結論だけ先に書いてしまいますが、松永久秀は、最終的に織田軍と戦って、壮絶な最期をむかえます。
「オカマ(お釜)を抱いて、大爆発!」と、前述しましたが、このお釜とは、「茶の湯」の際の茶釜(ちゃがま)のことです。

久秀も、茶の湯が趣味だったようで、名物茶器を収集しています。
道三も、信長も、「茶の湯」が大好きでしたね。
人は、何か別のことをしている中で、重要なアイデアを思いつくことがありますが、知将の武将にとっては、それが茶の湯だったのでしょうか…。

ですから茶釜や茶器の名品は、政治的な交渉道具としての役割も果たしていきます。
茶道具を愛する武将…、それは敵としても決して侮れないのです。
秀吉にも、家康にも、それに相当するものがありました。
茶道具の価値は、千利休などの名茶人たちが、歴史的・政治的な「目利き」をして決めていきました。

* * *

久秀のもとには、「古天明 平蜘蛛(こてんみょう ひらぐも)」という名茶釜がありました。
信長が、欲しい欲しいと、久秀に言っても、久秀は絶対に渡しませんでした。
別の名茶釜を贈ります。
渡さなかったのは、「大切なお宝」という意味ではなかったはずです。

* * *

「古天明」とは、1400年代から1500年代中頃までの期間につくられた「天明釜」のことだそうです。
「天明釜」とは、今の栃木県佐野市あたりでつくられる名品の茶釜で、「天命」「天猫」とも書きます。
佐野市は、九州は福岡県の「芦屋釜」と並んで、日本の茶釜の名品を生む地なのだそうです。
茶釜には他にも、「京釜」や「伊予釜」などもあります。

歴史上では、茶釜や茶器の名品は、政治的な贈答品として、戦争の武器として、非常に重要な品物でした。
茶器の名品ひとつと、お城三つを交換するというのは、まんざら冗談ではなさそうです。
まさに、人が死なない戦いの武器、それが茶釜です。

「平蜘蛛(ひらぐも)」とは、昆虫の蜘蛛(くも)が、はいつくばったような形状なのか、模様があったのかはわかりませんが、その釜の姿からの名だったようです。

その名品の茶釜とともに、信貴山城で散った久秀の最期は、歴史ファンには、非常に強いインパクトを与えています。
「麒麟がくる」では、黒澤映画のような、武将のド派手な最期を見せてくれるのでしょうか。
城と茶釜とともに散っていった有名武将というのは、他に聞いたことがありません。

俳優の吉田鋼太郎さんには、所ジョージさんに、「久秀の茶釜…大変だ!」と言わせてほしいですね。

おいおい、久秀の下克上の話しも書いていきます。


◇指導者の中の指導者

さて先日、野球界で、選手として、指導者として活躍された野村克也さんが、ご逝去されました。
私には、選手時代と監督時代では、かなり印象が違っていますが、人が成長し成熟し、個性的な「老大人(ろうたいじん)」になっていく姿を見させていただいたような気がしています。
選手から指導者となり、その最期まで、途切れることなく、そのスポーツ界の第一線の現場にいる姿を見続けられた人物は、他には思いあたりません。
たいがいの方は、しばらく目にしない時期があります。

* * *

野村さんは、優秀な選手をたくさん育てたことでも知られていますが、数々の名言も残してくれましたね。

私が一番に思い出す言葉は、「『もうダメ』なのではない、『まだダメ』なのだ」というものです。
「まだダメ」とは、もちろん、「まだまだ自分はダメだ」という意味です。
成長できない選手、努力しない選手は、実現できない状況を正面から受け止めようとしないからで、すぐに失敗の言い訳を言うとも、語っていましたね。

たしかに、何もしない人ほど「もうダメ」と言うかもしれません。
努力し続ける人ほど、「まだまだ…」と言うのも事実ですね。
また、「まだダメ」を言わなくなった瞬間に、人の成長が止まるのも事実ですね。
野球をはじめ、スポーツ分野では、わかりやすい気がしますが、これは一般社会でも同じなのだろうと感じます。

野村さんは、監督時代に、「野村再生工場」と呼ばれ、「もうダメ」と言う選手を自分のチームに呼んで、「まだダメ」という意識を植え付け、何人の選手を復活させたことでしょう。
こうした野球の監督やコーチは、そうそう多くはいません。
野村さん自身も、当時としては珍しく、たしか45歳くらいまで、現役選手としてがんばっていましたが、その姿はよく憶えています。
人間のチカラは、意識でどれだけ変わるのかを、野村さんは、教えてくれました。

* * *

私の印象では、野村さんは晩年期まで、「学んだ」「学ばせてもらった」という表現をたくさんクチにしていたように感じています。
そして、自分の理解できない事象には、「わからない」「知らない」「理解できない」と素直にクチにされていたように思います。
当然、「わかりたくない」という意思表示という場合もあります。

中高年にもなると、「わからない」「知らない」は、言葉通りの意味に使わなくなりますが、野村さんのそれは、幅広く解釈していいとも感じます。
自分自身に対して正直であることは、「学び」が自分の中に入ってきやすいような気もします。

「学ぶ」「学べる」というチカラは、個人差のある「特殊能力」だと感じます。
「学べる」チカラは、ある意味、生まれもった能力ともいえると思います。

「人間、死ぬまで勉強だ」とクチにする人ほど、学ぼうとしてはいても、実は、学べていなかったりします。
人の多くは、ある年齢ごろになると、「学び」を止めてしまい、そこまでの学びの蓄積を、消費や昇華のほうに振り向けようとしますね。
後進の指導に回ろうとする人もいます。
それはそれで、大きな意味もありますが、自分自身の中の「学び」が蓄積する部屋は、どんどんさみしくもなっていきます。

野村さんは、最期まで、「学べる」能力が衰えることがなかったようにも感じます。
野村さんが、選手たちをいろいろな言葉で表現できたり、彼が育てた選手にさまざまなかたちがあるのは、逆に、彼が選手たちからも学んでいて、それに手を加えて選手に戻していたということかもしれませんね。

「俺はお前に何をしたらいい…」などと言ってくれる指導者は、なかなか いないと思います。
ありがたい質問ではありますが、質問者にとっては、この質問に対する相手の応えひとつで、その成長度合いや才能をすぐに読みとれるのも事実です。
将来があるのか、ないのかも、かなりの部分でわかりますね。

「学べる」チカラが、学んで身につけられるのかどうかは、私には、よくわかりません。
良き指導者から、良き指導を受けるには、それなりに能力が必要かもしれません。

偉大な名選手は、名コーチにはなれても、名指導者になることは、ほとんどないとよく言われますが、野村さんは稀な方だったのかもしれません。
野村さんが、もし戦国時代に生まれていたら、「天下人(てんかびと)」にまで、上りつめたかもしれませんね。
彼の「一隻眼(いっせきがん)」は、天下人級だったような気がします。
マー君ではなく、野村さんこそが、「神の子」だったのかもしれません。

* * *

明智光秀や松永久秀は、最期の瞬間にどのように思ったでしょう…。
もうダメだ…。
まだまだ自分はダメだった…。
「もう」でも、「まだ」でも、自分はやりきった…、ここで幕引きだ。

野村さんには、人が最期をどう迎えるかを、教えてもらったような気がします。
奥さんを亡くされ、ひとりになってからの数年間の姿も、私たちに見せてくれました。
野村さんは、最期の直前まで、子供たちにしっかり指導をしていましたね。
最期の瞬間まで、指導者であり続けたということなのでしょう。

天国で、また夫婦で、禅問答のような「ボヤキ」を楽しんでほしいです。
いろいろ気づかせていただき、ありがとうございました。

ノムさん…、今頃は、空を駆け回る「麒麟」を目にしているかもしれませんね。

* * *

コラム「麒麟(9)」につづく。


2020.2.15 天乃 みそ汁
Copyright © KEROKEROnet.Co.,Ltd, All rights reserved.